4主×フレア「双剣士の罰――前夜祭」 著者:6_444様

 前夜祭が終わり空の帳が落ちる頃、まだオレは眠れず暗黒色の海を見ていた――――。

 身を乗り出して遠くとも近くともとれないソコを睨む。
 ぼんやりと海の底を見ているつもりになっている。
 その折、ちらりと刺々しい模様が目に映る。
 ――――左の手の甲にはもう見慣れた自分だけの特別な紋章。
 27個ある真のなんたらという話だけれどそんな事は実際些末事だ。
 この力にはこれまで助けられてきた。だからこれからも使う。

 それに

 自分は

 このくだらない運命のカラクリとやらは、 自分なりに理解し納得して――――
『――――こんなところにいたのね』
 不意に、名前が呼ばれた気がした。
「こんばんわ。今夜は冷えるわね、フォー」
「フ、フレア――様」
声を掛けられて振り返るとそこには鮮やかな金髪を後ろで結んだ女性が立っていた。
 服装からみてもわかるように身分が高い――――ってかまんま王女なんだけど。
 そのわりには行動が王女らしくない、というか活発的な、とにかく凄い人だ。
 彼女はオレに「となり、いい?」と聞くと返事も待たずに隣に来た。

「どうしたんですか? こんなところに」
 一心に海を眺めている彼女に尋ねてみた。いやなんていうか、オレはさっきまで活気立つ船を回っていたけれど何処にもいなかったようだったから単純に疑問に思った。うん。
 そんなオレの問いにおかしいものを見るようにみて
「どうしてって…………海が見たかったから」
 彼女はそう答えた。
 そうだ、こんな船の甲板の端の方にいるのなんて海を見に来るくらいしかないよな。
 しかしまたなんて変わった――――。いや、変わった趣味なのはオレもか…………。
 そんな風にオレが自己完結していると横にいる王女様は何故かくすくすと笑い始めやがった。
「はぁ、なんで笑ってるんですかあなたは」
「だって、どうして? だなんて、ここでなにをするともなくボーッとしているあなたに聞かれるなんて思わなかったわ」
 彼女は、理由なんてあなたと同じに決まってるのに、と付け足した。

 どきり、とした。

 何も考えず横を向いたのが失敗だった。そこには、
 月明かりに照らされた瞳とか、整った目鼻立ちとか、さらりとした前髪とか。
 それになにより反則的、なのが
 …………どうして、そんなに悲しそうな顔をしてるんだろう。笑っているようにしかみえないのに。
 まるで――――
「――――フォー?」
「え? なんですか?」
 血が遡るような衝動をなんとか押さえて平生どおり答える。
「『え? なんですか?』じゃないわよ。人の顔をみながら固まっちゃって。…………あ、もしかして私の顔なにかおかしい?」
 そんなことを言って顔をそむけペタペタと自分の顔を触る王女様。そこには悲しみの陰りなど皆無だ。
 どこも変じゃないですよ。そう言うとようやくこっちを向いてくれた。

 あ…………でもなんか怒ってる。
 何が不満なのかわからないけど、プンスカプンスカなんていう擬音が似合うほどとにかく怒ってる。
「――敬語。嫌だって言った」
「――――へ?」
「敬語なんて使う必要ないじゃない。あなたは私の国の民じゃないもの。
 それならば私もあなたの王女じゃないわ。だから義務も責任もないんだから」
「はぁ」
「それにね、あなたはこの船のリーダーでしょ。
 いわばここは同盟の旗船よ。仮とはいえそれらを率いるあなたが一国の王女なんかに敬語で話しかけるのは不味いと思わない?」
 何が気に食わないのか、彼女はそんなことをつらつらと説教し始めた。
「…………さっきから返事に気がないけど、ちゃんと聞いてる?」
「はぁ」
「もう!あなたのことなんだからちゃんと聞いてよ!」
 ははは、と笑い流して
「聞いてますよ。王女様は説教好きということはよ〜〜くわかりました」
「ぜ、全然わかってないじゃない!」
 …………あ、まずい。今度こそもう完全にそっぽを向いてしまった。
「……………………」
「……………………」
 どちらが話しかけるでもなくそのまま海を眺めた。
 目が慣れたせいか、それとも月光の仕業か。ついさっきほど海は冷たく、暗くはなかった。

 静寂が続く。
 隣をちら、と覗き見てみると彼女もまた黒の上に輝く銀色を眺めている。まぁ、当然横顔しかみえない。
 静寂が続く。
 会話とか、会話とか探す。
 静寂が続く。
 そろそろ気まずいものがある。
 静寂が――――
「――――フレア様」
 名前を呼んでみた。
 ……………………。あれ、返事がない。
「フレア様?」
 やはり返事がない。横を向くと彼女は海を眺めたまま――――
 …………………………まだ怒っていた。
 王女様ご立腹連盟。いや、ただ唐突に頭に浮かんだだけ。
 そんな訳のわからない単語は頭の隅に追いやってもう一度名前を呼ぶ。
「フレア様っ」
「…………フレア」
 つーんとした横顔のまま、彼女は自分の名前を空に向かって独り言のように呟いた。
 それは徹底抗戦の決意表明であり、彼女の希望でもある。
 つまり、その……、オレに呼び捨てで………………呼べと。
「ふフ、ふれ――フレ――」
 もうちょいだ。フレーフレー頑張れ自分。
「フ、フレア……さん」
 いくじなし、自分。
 どこからかあはははという明るい笑いが聞こえてきた。
 目の前の『フレアさん』はひとしきり笑ったあと、呆れたように息を吐いて
「まぁ、それで妥協するわ」
 彼女はようやくこっちを向いてくれた。
 まぁ、何を話そうとしていたか忘れてしまったわけではあるのだが。

 ――――だからこそ。

 だからこそ、こんな陳腐な話、しか、できない。

「フレアさんはこの戦いが終わったらどうするの?」
 そう。明日が終わってその次にくる明日に。
「……………………」
 そんなことは答えを聞くべくもない。彼女は国を取り戻した。これからはお父さんといっしょにオベルを守り、今までと同じような日々を過ごすだけ。
 そんな日常に戻るだけ。
 そしてオレは――――
「どうすると思う?」
「え?」
「だから。――――フォーは私がどうすると思う?」
 顔を覗き込んでそんなことを聞いてくる。
 その顔は。
 それは。
 オレに。
 これから歩んでいく道を決めて欲しいかのような問い、だった。
 逃げるように空を仰ぐと、月は雲に隠れていてあたりは静か過ぎるほどに夜闇が支配していた。

「なんてねっ」
「え?」
 笑っている。よく見えないけれど彼女が楽しそうに笑っているのだけはわかった。
「私はオベルに戻るわ。月並みだけど、それが皆の願いであり、私の願いだもの」
 オレに背を向けて、そのために今まで戦ってきたんだしね。と彼女は言った。
「そうだと思ってたよ。フレアさんならそういうと思ってた」
 だからもうオレには当たり前のことしか言えない。最初からそれだけの為に機能が備え付けられた機械のように。
「ええ、最初から決めてたの。
 だから明日は――――絶対勝たなきゃ」
「勝てるさ。
 エレノアさんやみんなはそのために今まで頑張ってきたんだから、それで終わらなきゃ嘘だ」
「あなた、もね」

 オレたちは決められていたかのような台本をなぞる。
 彼女はより一層船から身を乗り出して。落っこちるんじゃないっていうくらい身を乗り出して。
「だから私がオベルに戻る前に伝えないと」

「私は、あなたの…………事が――――ぅぁぇ?」
「――――――!!」
 彼女は何かを言い終わる前に――――
 ………………………………………………………………船から落っこちた。
 ひゅーーー、どぼん。
 うん、オレこんなに焦ったの久しぶり。
 スノウのお父さんの大事にしている壷を割っちゃったとき以上のデモクラシーなブルジョワジー。
 そこからのオレの行動は惚れ惚れするほどの慌てっぷり。
 備え付けの浮き輪みたいなものを片手に、ロープを片手で結ぼうとして失敗。浮き輪を地面に置いて両手でロープを結んでも手が震えて失敗。
 だから両手と口を使って結んだ。
 浮き輪を拾って海へダイブ。運がいいことに月が雲から出てきて明かりには事欠かずなんとか王女発見。
「だだだだだ、大丈夫ですか!!??」
「う、うん平気。それよりもあなたの方が大丈夫?」
 そう言われて我に返る。深呼吸、深呼吸。
「はい、オレは冷静なようですフレアさん」
 冷静と口走る辺りまるで冷静でない証拠なのだがこの際そこは無視する。

「と、とにかくごめんね、私落ちちゃった」
 こほん、と咳払いして
「それはいいですがフレアさんらしくないよね、こういうの」
「うん、ちょっとアルコールをとってて…………」
 アルコール、とは酒の類だろうか。彼女は浮き輪につかまって頭を押えながら
「でも、もう酔いは抜けたから、ちょうどいい酔い醒ましになったわ
 あなたには悪いけど、ね」
「…………まぁ、大事ないならいいんだ」
 オレは今片手で浮き輪に捕まりながら、もう一方で船に結び付けてあるロープを引っ張っているわけで彼女を言及する暇はちょっとなかった。

 オレとフレアさんはロープを上って船上になんとか帰還した。

 だというのに彼女は座り込んでずっと俯いたままだ。責任感が強すぎるというのもある種問題だと思う。
「今夜はホントごめんね。なんか余計に疲れさせちゃって」
 彼女はもう何度目かの謝罪をする。
 その度にオレは気にしないでー、なんて言うのだが正直夜の外気にいつまでも濡れた服でいるのはつらくて寒い。
 それはフレアさんも同じなのか、ガクガクと震えていたりする。
「とにかく中に入らない? 体を暖めるなり、服を着替えるなりしなきゃ。このままじゃ――――」
 立ち上がろうとするオレの服の裾を彼女が静止するように掴んだ。
「――――待って」
「え?」
「あれ、おかしいな。待ってもらったって私にはもう喋ることなんてないのに」
 きつく掴まれていて濡れた服から水が滴り落ちた。
「そう、こんなはずじゃ、なかった。私はさっきで終わらせるつもりだったの。
 でもあなたがそんなに優しい顔をするから――――。最後に気持ちを伝えて、それで終わりにするはずだったのに」

 台本が、機械仕掛けのゼンマイが、ぎちぎちと音を立てて――――軋む。
 その先は未来でもなんでもない。ただの夢だ。
 おおよそ現実として起きるべくもない、一時のユメ。

「だけど嫌。…………嫌だ。このままこの手を離したくないよ」
 噛み締めるように彼女は言う。
 見上げるような彼女の頬は涙をたたえていて、オレはどうにかなってしまいそうだった。

「だから、だから」
「もういいよ…………フレアさん」
「今夜はもうあなたを離したくなんて、ない――――」
 それはどちらが云った言葉だったか。言い終わる前に彼女を思い切り抱きしめた。

 どうして、どうして、そんなに悲しそうな顔をしてるんだろう。笑っているようにしかみえないのに。

 まるで

 ――――――――死人を見送る参列者のような顔で。

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