5主人公×ルセリナ 著者:辻きり様

 平穏を取り戻したここファレナの首都太陽宮。その自室で、かつての英雄である王子は、一つのものに目を留めた。ずらりと棚の上に揃えられたのは、暇つぶしの一環として嗜んだチェッカーの駒達である。自分と道を同じくした108の星達や、家族の姿がそこにあった。その細工の精度はまさに精緻を極めた出来具合と言ってもよく、近くでしっかりと見ると、まるで生きているかの如く感じる程でもあった。
 王子がいとおしげに手に取ったのは、蜂蜜色の髪をした、お嬢様然とした女性の駒である。弱さの見せ方を知らない、気丈な乙女。ちょっとその頬をつねろうとしてみるが、それは所詮駒に過ぎぬわけで、そんなことが出来るはずもない。
 つまらなそうにしてもてあそびながらも、それにしても出来がよい、なんてことを考えていると、ふとピタと手を止めてしまった。大きく膨らんだスカート。ひょっとして――
 首を振ってまさかとその妄念を振り払うが、そう思うようにはいかず、徐々にその駒を天に掲げて覗き見るようにしてしまう。頭の中では、冷静な突っ込みが入る。それはそうだろう。駒のスカートの中をのぞき見るなんてどう見たってアレである。天国の母や父も嘆き悲しむことであろう。泣いて喜ぶのは金髪の熱烈歓迎女王騎士ぐらいのものである。が、一度生じてしまった妄想に従い、手を震わせながら天にかざした、その駒のスカートの中を、片目で覗き見ようとしたその瞬間――
 パサリ、と書類が落ちるような音がした。おそるおそるそちらを振り返ると、駒の元となったその乙女が、戸惑いの表情でもってそこにたたずんでいた。
「あ、あの…殿下、その…」
 顔を真っ赤にしてしどろもどろになる彼女に対して、思わず可愛らしいという想いを抱いてしまうが、それどころではない。見られた。そう思った瞬間、自分の顔が蒼ざめていくのが鏡を見ずともわかってしまった。奇妙な静寂がこの部屋に流れて――

「殿下、その、見なかったことにしておきますから」
 ぱっと王子から背を向けてルセリナが呟いたのはそんな言葉だった。王子のほうからその顔をうかがうことは出来ないが、少なくともこのことだけは言える。軽蔑された。まず間違い無い。下手したらルセリナ的ランクとしては、改心する前のアホ兄と同レベル、いやいやそれ以下ということにもなりかねない。
 ルセリナはきっと僕の顔を見るたびに頭の中で先ほどの絵面を思い返すのだろう。空想で大きくピラミッドを思い浮かべ、底辺で先ほどの行為をしている自分を思い浮かべる。嫌過ぎる。どう考えても人形にハァハァしている人間と同種にしか見えない。これは絶対嫌われた。王子はそこまで思って、ルセリナの駒を持ったまま滝のように涙を流してその場に崩れ落ちた。
「で、殿下?あ、あの…」
 ルセリナ自身は確かにショックを受けたのは確かだが、そんなに酷いことは思ってはいない。王子のあまりの負のオーラの放出しっぷりにたじろくくらいだから。ちょっと先ほどのでケチがついたとはいえ、憧れでもあり、なおかつ想い人でもある王子がこんな状態になっているのは見ていてあまりに忍びない。
「いいんだよ。ルセリナ、どうせ僕なんて…」
 涙で作った水溜りにのの字でも描かんほどにいじけまくる王子。普段の凛々しさからは考えられない姿である。ルセリナはルセリナで自分を責めに責める。ノックをしたものの、返事を確認せずに入ってしまったのは自分の失態である。王子には何とか元の笑顔を取り戻して欲しい。自分が愛した、人々を幸せにする笑顔を。
 よりにもよって、あんな恥ずかしいところを。私を模した駒のスカートをのぞいているところに入ってしまうなんて。間の悪すぎる自分をルセリナは恨んだが、彼女の思考はそこでとんでもないほうにぶっ飛んでいく。流石はバロウズである。
「で、殿下…元気だして下さい」
「うん。ありがとう。でも…」
 未だショック覚めやらぬ王子は幽世の門の人並の空ろな眼をしている。ルセリナは意を決して、こくり、と唾を飲み込む。王子が恥ずかしい思いをしてこんな顔をしているなら、私がそれを半分でも背負って差し上げれば――
 彼女としては、以前リオンが倒れたときに何も出来なかった悔しさがある。そんな思いをしたくないから。
「殿下…わ、私のす、スカートの中見せてあげますから…元気だして下さい」
「ほぇ?」
 一瞬しーん、と静まり返る二人。王子も何が何だか理解出来ない様子で、テンパって危うく駒を強く握っていためてしまうところだった。はっと気づいてみたところ、幸い特に異常は起こらなかったようであるが。

「ル、ルセリナ、今なんて…い、いや、それより、その…」
「え、いや、あの…」
 流石に再度その言葉を口にするのは抵抗があるのだろう。彼女はれっきとした淑女である。初々しいその態度がそれをあらわしている。さっきのはバロウズ遺伝子(父方)が成したことであったのだろう。多分。まあ、兎も角として、王子はいじけていたのをやめてルセリナに向き直って、上目遣いに表情をうかがうようにしながら母親ゆずりの美しい顔で、
「僕のこと、嫌いになってないの?」
 おどおどしたようにそう聞かれると、たとえ同姓といえども全てを許してしまいたくなるほどの破壊力がある。もとよりルセリナは王子のことを想っている部類の人種であるから、それは心をうたれてもんどりうちたくなるくらいのものであったらしい。
「と、当然です…殿下を嫌いになんてなれる筈ありません…」
 照れながら、いつか望まれた笑顔を王子に捧げるルセリナ。花もほころぶなんとやらである。
「ルセリナぁ…」
 王子のほうも、まるで泣き出さんばかりである。ルセリナの心情がちょっと染みてきたのであろう。あんなことをしたのに、それでも自分のことを見捨てないでいてくれる、その優しさが…。
 ルセリナは王子と見つめあい、僅かの幸福感に浸っていたが、ふと自分の役目を思い出して照れくささもあってか早口に、
「あ、その、リムスレーア様…陛下がお呼びですよ」
 では失礼します、といって足早にそこを去ろうとするルセリナに、王子の待って、と呼び止める声がかかる。スカートを翻しその声に思わず立ち止まるルセリナの鼓動がトクン、と高鳴る。王子はベッドに腰掛けて、白い顔に僅かに朱を混じらせる。それはルセリナも同じであった。ルセリナの胸の中に僅かに期待が走る。そして、王子が必殺の微笑を浮かべその口を開いたとき、
「スカートの中、見せてくれるんじゃなかったの?」
「…はい?」
「約束、だよね?」
 無残にもそれは打ち砕かれた。そしてまた幾度目かの時が止まったのを感じるほどに。ファルーシュ。その男は貰えるものは貰うちゃっかりとした王子だ。それは何も108星集めのときだけとは限らなかった――王家の真の恐ろしさを、ルセリナはほんのちょっぴりだけ感じた。流石に天サドを飼いならす血筋であった。

「やっぱり僕のこと嫌いなんだ…だから約束を破ろうとしちゃうんだね。ルセリナ…」
 約束を破る。それは生真面目なルセリナ嬢にとっては耐え難いことである。いかにぽろ、と言ってしまったことでも。その上彼女にはバロウズの家名と汚名という重荷がついてまわっている。それなのに、王子との約束をたがえるような真似は彼女に出来るはずもなかったのだ。
「守ります。守りますから…」
「ホント?じゃあ…」
 先ほどとは打って変わって明るい声で返事をする王子。本当に現金なやつである。若しゼラセ様にこんな態度をしようものならその爽やかな笑顔も一瞬で紋章の力で吹き飛ぶことだろう。黎明の紋章は確かにあるが、そんなことのために使うものでは無いはずである。
 すぅ、はぁ、と大きく深呼吸して、胸に手を当てて気持ちを落ち着かせるルセリナ。こんなことになるのならリンファさんに勧めてもらった下着でもしていればよかったかしらみたいなおかしなことが頭を過ぎる。が、どう考えても王子は逃がしてくれそうにない。また、この場から逃げることは王子の信頼を裏切ることになる。
 一歩、二歩とベッドに腰掛ける王子の元に近づくルセリナ。顔の強張りは緊張というより羞恥からのものであろう。服の胸元を握る手に汗をかき、つぶらな目を閉じて、
「殿下…どうぞ」
 身を捧げるくらいの気持ちで言葉を発する。だが、王子はその覚悟をも軽く流すように、
「ルセリナ、見えないよ?」
「え?…」
「見せてくれるんだよね?ルセリナ」
「で、でも…」
「だって、これじゃあ見えないよ?僕からは」
 あくまで能動的には動かず、ルセリナが自ら見せてくれるのを楽しむ腹である。ルセリナにとってはそれが何倍も恥ずかしいのを勿論知っていてのことだ。流石に目を泳がせてしまうが、ルセリナももう引くに引けない状態である。
「わかりました…あんまり見ないで下さいね」
 やってることの趣旨に反したことを言っているが、それも乙女心ということにしておこう。
 目を瞑ったまま顔を真っ赤にして、両手でつまんでゆっくりとスカートの端を持ち上げていく。が、子供みたいにワクワクした顔が、たまに微かに開くまぶたの先に見える。ピタリ、と胸の下あたりの位置まで来てその震える手を止めるが、王子はどこか不興のようであった。
 スカートがふわりと膨らむような形のものであるため、真ん中あたりで結局余った布が隠してしまうのだった。だったら初めからそのあたりだけを引けばいいのだろうが、ろくに思考が働く状態でないルセリナは、変わった方法をとってしまう。
 つい、と口に真ん中あたりの端を加え、そして先ほどと同じように端を持ち上げていく。

 ルセリナの薄い桜色のショーツが、王子の眼前に曝け出される。ほぅ、と嘆声でも発しそうなくらいに王子はそれに見とれる。シンプルだが、どこか可愛らしいそれはルセリナという女性に良く似合っているように見えたのだろう。
「綺麗だよ、ルセリナ」
「え?…」
 こんなことをしているときとはいえ、望んでいた言葉が聴ければそれは嬉しいものなのだろうか。だがそんなことはおかまいなしに、浮ついた表情で、つんとかわいくふくらんだ恥丘を人差し指でなぞる王子。
「ん…」
 刺激に体をふるわせるものの、ルセリナは何とか声を抑える。その眉をひそめた顔はどこか色っぽく、王子はもっと見たいとでも言うように指へ加える力を強くする。何度かその秘裂をなぞると、じわりと染みが広がって、指先にぬめりが付着する。ぺろりとまるで蜜を舐めるようにしてそれを味わった王子は我慢できなくなったように急に舌先で染みを刺激する。
「ひゃ…で、殿下…」
 ぺろりぺろりと舐めるたびに、愛液と唾液が混じり染みが大きくなる。にじんだそれから、肌の色が見えてしまうくらいになると、ルセリナは腰砕けになり倒れそうになる。それをひょいと受け止めた王子はそのままベッドにルセリナを押し倒す。やわらかな髪がふわりと広がり、そして王子は前触れも無くいきなりルセリナに覆いかぶさるようにして、
「我慢できないよ、もう…」
 はぁ、はぁ、と荒い息のまま、唇をまるで奪うようにする。やわらかい唇を、まるで貪るようにして味わいつくされ、ルセリナも息が荒くなる。初めてがこんな形なのは多少ショックもあったが、想い人にされているという甘美さが全てを打ち壊した。ちゅ…という水音が広がり、口内で舌先を絡めあうことで、自分の感情も表現する。
「ルセリナ、こっちもいいよね?」
 勝手にそれをすべてOK!みたいに早合点した王子。モヒカンもびっくりの行動力である。胸元を興奮した目でみつめながら無理矢理はだけさせるようにする。下とお揃いの色のブラが外気にさらけだされたのを見て、ルセリナは恥ずかしそうに目を覆っていやいやする。何を今更とはいっては行けない。乙女は複雑である。
「で、殿下、だめです…そこは…私…」
 自分の体を、ごく一部の人間(某王子の叔母sや某紋章屋や某川の女etc)と勝手に比べて割合貧相なほうだと信じているので、胸をみられるのが恥ずかしいのだ。変なところで察しの良い王子は、大丈夫、と親指を立てて全く意味の分からないことをいいながら、優しくホックを外して露になった形の良い胸をじっと見つめてじっくりと鑑賞しながら再び嘆声を発する。

「素晴らしいおっぱいだよ…ルセリナ」
 ほお擦りをして、掬うようにして胸を揉み始める。王子の指は、決して粗暴な動きをせず、丹念にルセリナを感じさせるような手つきである。
「ああ…殿下…」
「ん…本当にいいよ…僕が保障する」
 うっとりした目でそれを味わう王子。ふっくらとしたそれの頂にある桃色を口に含み、舌先で転がして時折吸い付くようにする。さて、それにしても保障するとはどういうことだろうか。
 彼の父はかつてフェ○ド群島(むれしま)というペンネームを持ち、おっぱい評論家としてその名を馳せた人物である。ちなみにその彼が選んだお相手はご存知の通りである。ただプロポーズの言葉が、「君よりも(君の)おっぱいが好き」だったというのは、いくらなんでもガセネタであろうが。
 もう一人ファルーシュの生き方に影響を与えた、彼の父の親友でもある今は北国にいるチーズケーキ大好きっ子。彼の名は我々のところでいうドイツ語読みであるが、それをフランス語読みにしてみると…話がそれた。兎も角、王子はその二人の教育と、ファレナ王家の環境により、無類の選定眼を得ていたのだった。当然の如くその扱い方についても影でひっそりと行われていたらしい。只痕跡が残っては大変だからあくまでシャドーであったらしいが。しかしそれでもばれていたら灰になっていたかも知れないのに…。だが、それほどまでに父は子への伝承が必要だと思った…のかどうかは知ったことではない。
 ともあれ、その甲斐あってか、ファルーシュは時に指を沈み込ませ、ときに舌で洗い流すようにして、胸による刺激だけでルセリナを快楽の渦に落とすことに成功したようである。
 ルセリナは普段は見せない顔をして、シーツを強く握り締め、電流のような快楽をひたすら受け止め、無意識のうちに口を開いて、よだれが微かに零れてシーツを汚すほどになってしまっていた。王子は王子で、形の素晴らしく良く、かつ自分の見立てによると将来性抜群のこの感触をいつまでも味わって酔っていたいという思いに囚われる。が、それを許さなかったのは――

「兄上!何かあったの…か?」
 ばん、と強くまるで扉を壊すくらいの音がして、王子の妹が入ってくる。
「ちゅぷ…え?なんだ、リムか…」
 気にせずにまたむしゃぶりつくそうとする王子だが、そこではたととまる。さっき見られたときよりもその顔は更に蒼くなっていた。ルセリナのほうはまだ快楽から抜け出せてないような顔であった。
「って、リム?…ははは…」
「あ、に、う、え〜心配になってきてみれば、これはどういうことじゃ!」
 さらに後ろから駆け足で入ってくるその護衛。
「姫さ…じゃない、陛下〜?待ってくださぁ…あらあら、王子ぃ〜いけませんよぉ。鍵はかっておかなくちゃ」
 まったくその通りであるが、そのお陰でおいしい思いを出来たのもまた事実であったりする。ただ、妹に見られたのは少なからずショックであった。顔を真っ赤にしてぷんすか怒っているリムと、チーズケーキとのことを思い出しているのかどこかぼんやりと上の空のミアキス。そして…
「ふふふ、王子?これ、どういうことですかね?」
 …元暗殺部隊出身の自分の護衛がゆっくりとその姿をあらわした。やばい、目が完全にいっている。二回話しかけたらナイフで刺されそうな勢いである。が、そこは激戦を潜り抜けてきた天魁星の判断力をみせる。あれはほとんど孔明の手柄だったとか言ってもいけない。ルセリナにば、と布をかぶせ、その手を取る。
「逃げよう!ルセリナ!」
「え?…あ、あ…は、はい!」
 そしてルセリナを抱えあげると、一目散に扉に向かって、太陽宮を駆け抜ける。あっけに取られるリオンとリム。
「ま、待て、兄上。こ、こらミアキス、ぼ〜としておるのでない。さっさと追いかけるぞ。リオン、待て、わらわを置いていく気か!」
「ふふふ、王子、逃がしませんからね?」
「はぁ…チーズケーキ…」
 そんなこんなで、彼らがもたらした平和は、遍くファレナを照らしているのであった。

―了―

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