ミアキス×王子・ロイ 著者:ほっけ様

 ゲオルグが、母を殺した。
 ―――…彼女が、その目で見たと。
「…本当に、見たんです…」
 俯いた彼女は、震えた声でそう紡いだ。…信じたくはなかったが、彼女を疑うこともしたくない。
 何かある。 今は取りあえず、彼女にも休んでもらおう。
「そっか…うん」
 ゲオルグを庇っても、彼女を庇っても、今は逆効果だろう。
 そう思って、ファルーシュはひとつ頷いた。

「ミアキス、もう休んだほうがいいよ。きっと…疲れてるんだ。
 …ほら、こっぴどく殴っちゃったしさ。まだ残ってるでしょ?」
「はい…王子、失礼しますぅ」
 沈んだ様子で、控えめな礼のあと、彼女の揺れる特徴的な結った髪を見送り、
 彼女が部屋から去り、扉が閉まると、肩を落としてベッドに飛び込む。
 どうすればいいのか、ぐるぐると混濁する意識は、そうそうにまどろんではくれない。
 …結局2時間近くを要して、ようやく深い眠りにつくことが出来た――――

 …かちゃ。 ぱたん。
 …コツ、コツ、コツ、コツ

 …………ぎし
 もそ。 …ぐい。 もそもそ。 さら。

 何か妙にくすぐったくて、ファルーシュは瞳をあける。何か頭を持ち上げられた気も…
「…………?」
「…寝ててもいいですよぉ?」
「………!?」
 ベッドにもう一人分の体重が加わっている。
 見える筈の天井は、ミアキスの微笑みに隠されていた。
「…だいじょうぶですよぉ……”姫様”」
「ミア――――」

 むちゅっ。 ちゅぅ、ちゅっ。 くちゅ……
 ちゅる…ちゅぱっ。ん……ぷ、ちゅ……にちゃ…
 ちゅく、 ……ふむ…っ …ちゅうううっ…ちゅ。 ぽんっ

「…………」
「…おやすみなさぁい」
 およそ数分に及ぶ“それ”に体中の力を奪われたファルーシュは、
 唇に色濃く残る感触の残滓に身体を震わせながら、熱くなった体を懸命に冷まそうと大きく胸を上下させる。
 背中から何かを抜き取られる感触を感じながら、数分で数時間分疲れた意識を闇に沈めた。
 去っていく足音は子守唄というより、死神の笑い声に聞こえた。

「……まだ残ってる」
 翌日。もう夕方である。今日は作戦を練ったりなんたらで、出かけることはない。
 ファルーシュは赤い顔で、唇をごしごしと擦りながら、先程出かけた、臨時の護衛ミアキスを待った。
 明日の日程を確認しに行った、とかで。朝からずっと顔を合わせておらず、
 レレイから彼女が伝える、という事を聞いただけ。 …いや、顔をあわせたら平静ではいられないだろうから、
 ある意味安心している。しかし、彼女が来る時が刻一刻と迫っている状況は、安心を段々と奪っていくのだが…
 自分の部屋のベッドが、まるで敵地のように感じられた。
「………寂しいのはわかるんだけど…」
 ベッドに落ちていた亜麻色の長い髪。恐らくカツラだろう。
 誰をもしたもの、とは言うまい。
 …それにしてもあんな。 いや、うん、はじめてだったんだけどね、うん。
 リオンにはナイショだな。というか誰にも言うまいよ。 それにしても身体の力が抜けるほどの―――
「王子ーっ!」
「うわぁぁぁぁあっ!?」
 何時の間に入ってきていたのか、ミアキスはいつもの調子でファルーシュのもとに近づく。
「お待たせしましたぁ!」
「あ、ああ、うん…」
「ちょっとお城の間取りも聞いてきたのでぇ、遅くなっちゃいました。ごめんなさいぃ」
「いや、いいけど…」
「明日は、朝早くから外出ですよぉ?夜ご飯はしっかり食べて、しっかり寝てくださいねぇ?ではぁ」
 言うが早いか、さっさと出て行ってしまったミアキスを見送る。元気は出たようだ。が…

「……間取り…?」
 顎に手を当てて、彼女の言葉を頭の中で反芻する。
 そして、ひとつの―――ある意味嫌な結論に結びついた。
「………まさか……」

 その夜。セラス湖の城の一角。
「遅ぇーなあ、フェイレンにフェイロン。何やってんだか…」
 コンコン、と聞こえたノックに、自室のベッドでトゲつきの三節棍の手入れをしていたロイは、
 扉に振り向く。珍しい。こんな時間に…兄弟分である二人はノックなぞしないから、
 誰か、と…思ったら、問う前に
「ロイ君?起きてますかぁ?」
「あ……?ああ、女王騎士のねーちゃんか。(リオンじゃないほうの。)あいてるぜ、どーしたよ」
「開いてないですよぉ?開けてくださいぃ」
 ノブをかちゃかちゃやっているミアキスに、そんな筈はない、と首をかしいで腰を上げたロイ。
 彼女が向こうで弄っているノブに、内側から手をかけて」
「何だ、開いてるじゃねー……うぐっ!?」
 ドアの隙間から飛び込んできた細い腕(篭手つき)がロイの鳩尾にめり込み、
 意識を一瞬で消し飛ばされたロイは、がくりと膝の力を失い、滑り込んできた少女…ミアキスに、
 きゅっとその身を抱きかかえられた。
「…ふふ。フェイレンちゃんとフェイロンくんは、赤月帝国特産“ぬすっと茶”で、きもちよーく眠ってますよぉ」
 天使のような微笑……だったらよかったのに。
 亜麻色の長髪のカツラを持ったミアキスは、腕の中で気を失っている少年に視線を向け、
 「おいしそう…」。そう言いたげに、うっとりと潤む瞳を細め、ぺろりと舌なめずりをした。

 翌朝。
「………ミアキス、は一緒に来るから…あとは…ロイ」
「はぁ?いや、俺影武者の仕事あるから却下」
「ダメ。一緒に来て」
「わがまま言うなよ王子様。あんたたちがやれって言ったんだろ?軍師のねーちゃんも反対するぜ」
「あら、私は別にかまいませんけど」
「あんたはちょっとは展開って言葉も考えろ!それに、行きたくねぇんだよ一緒にっ!」
「わがまま言うなよロイ、それ以上駄々こねると影武者強制から強制自慰にランクアップするよ?」
「な…!?…ま、まさかお前も…」
「死なばもろともって言うだろ?さぁ来るんだ!来るんだよ!一緒に!」
「ふざけんなッ!昨晩、俺が、俺が…」
「共有できる苦しみは共有しようよ!さあ!さあさあさあ!」
「あらあら。あらあらあら…お二人とも仲良しさんですねぇ」
「全くですね。うふふふふ」

「……ロイ、うん…頼むから」
「わかった……まぁ、どっちがどっちでも、恨みっこなしな。…もう、どうにもならねぇし…」

「「(…女って、恐いな)」」

終わり

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