欲望の秘薬 ベルハヅ編(ベルクート×ハヅキ) 著者:10_580様

ファルーシュはその光景を目を細めて見詰めていた。
本来ならば、きっとこうなっていた筈なのだ。
そして、もしそうなっていたのなら、きっとこんな戦は起きなかったに違いない。

ベルクートの大剣が、一撃にしてキルデリクの胸を貫いた。
烈身の秘薬を持ってしても、キルデリクはベルクートには遠く及ばなかったということだろう。

銀の刃がずるり、と抜け落ちると共に、キルデリクの身体がその場に崩れ落ちた。
苦痛の呻き声を上げながら。ベルクートは止めを刺すことなく剣を振り、刃に帯びた血を払い、
鞘へと納めた。
それがベルクートの甘い所だとは思いもしたが、このまま放っておいてもキルデリクは確実に死ぬだろう。
今更手を尽くしても助かるような傷と出血ではない。
何より、傍で二人の一騎打ちを見守っていたハヅキに、そんな残酷な光景を見せたくはないのだろう、という、
彼の気持ちを考えた部分もあった。

ベルクート自身は、ここへハヅキを同行させることを強く反対していた。幾ら強いとはいえ、まだ少女のハヅキに、
危険なことはさせたくない。何より、戦といっても所詮は人殺しだ。ハヅキにこれ以上人を斬らせたくないと思っていたからだ。
だが、ハヅキ自身が強く同行を望んだため、ファルーシュはそれを許可した。
この先にはきっとキルデリクがいるだろうと思っていたし、その時が来たら、ベルクートに任せるつもりだった。
ハヅキはベルクートを負かした相手に対して、強い憤りと、興味を持っていた。そんなハヅキに、
この結果を見せてやりたかったのが、一つ。
もう一つの理由は、純粋にハヅキが強いから、という単純な理由だった。
百年に一人の逸材と呼ばれていた、というだけあって、ハヅキは剣士として非常に優秀だったからだ。

「お前に勝った男というから、どれほどの者かと思っていたが…大した事のない男だな」
固唾を飲んで見守っていたハヅキが、大きく息を吐いてベルクートの許へ歩み寄る。
大したことはないと言いながらも、怪我はないかと気遣いながら、返り血で汚れた剣の柄を拭った。────その時だった。

「くく…俺様がこの程度で死ぬと思うなよ!」
ぐったりと倒れていたキルデリクが、まるで獣のような勢いで起き上がり、
ベルクート…の前、キルデリクに背を向ける形になっているハヅキへと襲いかかる。
キルデリクから意識を離していた一行は、しまったと思いながら各々の武器を手にするが、間に会いそうにはない。
「ハヅキさん!」
抜刀している暇はないと判断したベルクートは、振り上げられた刃からハヅキを守るように引き寄せる。
キルデリクの腕に仕込まれていた刃が革鎧ごとベルクートの肩を裂いた。
「ヒャハハハッ…!女を庇って死ぬか、笑わせるぜ!」
「貴様!」
再び振り下ろされた刃が降りるよりも先に、ハヅキの刀がキルデリクの喉元を引き裂いた。
確実に致命傷となる傷。だが、キルデリクはなおも狂ったようにゲラゲラと笑い、懐から何かを取り出し、
ベルクートへと向けて投げつけた。
「楽に死ねると思うな…!」
そう言い残すと、キルデリクは倒れた。今度こそ力尽きたのだろう。それでも二度がないとは限らない。
ゲオルグがハヅキを庇うように立ち視界を塞いでから、キルデリクの額に自らの剣を突き立てた。

ゴドウィン邸の捜索を後から来た連中に任せ、ハヅキはベルクートに付き添って本拠地へと戻った。
傷自体は大した傷ではなかったが、刃には毒が塗られていたらしく、その毒のせいでベルクートは意識を失ったようだった。
最後に投げつけられたものは、ハヅキが目にしたことのない小さな球体で、ぶつかった途端に何か水滴のようなものが弾けたが、
見る間に乾いてしまい、球体の残骸も残っておらず、結局何だったのかはわからなかった。

「───とりあえず、もう大丈夫だ。毒も強いとはいえ、解毒剤もないような珍しい毒でもなかったからな。
傷口の処置も終わっている。安心しろ。じきに目を覚ますだろう」
ハヅキがシルヴァからそう聞かされたのは、ベルクートが運び込まれてから3日後のことだった。
戻って以来、ベルクートの傍にはマリノが常に張り付いて目を光らせている状態で、
ろくに見舞いにも行けていなかったのだ。
実際、怪我をしたのは自分を庇ってのことだったので、マリノに何を言われても仕方がないと思っており、
病室を訪ねるのも、マリノやシルヴァが寝静まった後に、こっそりと様子を見に行く程度。
そのため殆ど怪我の状態などについては聞かされていなかったのだ。
病室を離れることのないシルヴァだが、ハヅキが夜な夜なベルクートの様子を見に行っている事に気付いており、
落ち込んだ様子を見かねて、ハヅキの部屋を訪れたのだ。マリノももう既に宿屋へ帰し、ムラードは別室で休んでいる。
自分も少し部屋を離れるので、見てやってくれと言われ、ハヅキは病室へ向かった。
シルヴァが自分を気遣ってくれた事は明らかで、申し訳ないと思いながらも、安堵と、少しばかりの期待が隠せなかった。

扉を押すと、ぎぃ、と小さく扉の軋む音がした。ハヅキはなるべく音を立てないように気をつけながら、中へ入る。
月光が差し込む部屋の中はそう暗くもなく、扉を閉めても十分に、その周囲を窺い知ることができる。
聞いた話では、もう一人、王子の護衛と言う少女が休んでいるはずだが、どうやら性別が違うということで、
別室で休んでいるようだ。ハヅキはそろり、そろりと一番奥のベッドへ向かう。

建前とはいえ、「休むので見ていてくれ」と頼まれた以上、こそこそする必要はないのだが、
それでも夜も遅いこともあって、自然とそうなってしまう。緊張してしまうのだ。
ベッドの傍らの衝立の前で、ハヅキは緊張のあまり詰めていた息を吐いた。そうしてから、
そっと中を窺う。確かに、ベルクートはそこにいた。なるべく音を立てないように、
近くにあった椅子をベッドの傍らへ持って行き、それに腰掛けた。

眠っているベルクートの顔は、表現として妙かもしれないが、
ひどく真面目な顔をしているよう見えた。普段の寝顔がどうなのか知らない為にどうとは言えないが、
少なくとも苦悶のそれではない事に安心を覚えた。
いつも、「邪魔な所を結っているだけ」と無造作に結ばれている髪も解かれていた。
ランプに日を灯そうと手を伸ばし、ハヅキはそこで動きを止めた。シルヴァの話では、
じきに目を覚ますだろうと言うことだった。それが今とは思わないが、まさかという事もある。
目がさめたとしても、こんな夜更けに起こしてしまっては悪いだろうと思い直した。

「……ハヅキさん…?」
不意に名を呼ばれ、振り返る。暗闇に慣れた目でも、部屋の最も奥であるこのベッドの周辺は、
よく見えない。それでも辛うじてベルクートがこちらを見ている、ということは判った。目を覚ましたのだ。
気を遣ったつもりだったが、遅かったということか。
「ベルクート…!」
「よかった、無事だったんですね」
驚くハヅキに、ベルクートは実に彼らしい言葉をかけた。自分の方が傷を負って倒れたというのに。
ハヅキは嬉しいような、腹立たしいような気持ちになる。起き上がろうとする身体を引き止めようとするが、
それも構わずベルクートは起き上がった。
傷を確かめるように少し腕を回す。
それを心配そうな顔で見つめるハヅキ。少しの間無言の時間が流れたが、灯りがともるとともにそれは破られた。

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