決闘前夜 著者:17様

ハイランドの辺境にある寂れた村に1人の女が訪れた。
都市同盟の力を取りこんだデュナン湖を本拠地とする軍にハイランド王国軍が押されているその最中のことである。
彼女は村唯一の宿に入り、しばらく滞在すると主人に5000ポッチを前金で支払った。
主人は彼女の異様な容貌に恐怖に似たものを感じていたが、出された金額に笑顔で頷き部屋の鍵を渡した。
彼女は鍵を受け取り、そのまま部屋へ向かう。
その質素な部屋の中に入り、後ろ手でドアを閉じた。
部屋の隅に置かれているベッドに倒れこみ、白いマントを取る。
柔らかな金の髪がふわりと彼女の顔にかかり彼女の顔に影を落とした。
吐息と共に彼女はぽつりと呟く。
「……クライブ」

―もうすぐ、彼がやってくる。

出遭ったのはあの忌まわしき組織―ほえ猛る声の組合。
弱肉強食の組織の中を生きていくためには互いを蹴落とし、自らの手を血に染めなくてはならなかった。
そうして騎士級ガンナーまで昇りつめた3人。ケリィ、クライブ、そしてエルザ。
彼らは組合の他のメンバーとは違い、信頼関係に満ちていた。
だが、ケリィがギルドの長に選ばれ、次第に彼らの関係が歪み始めた。
それが決定的になったのは、シュトルムの引鉄を引いたことでケリィとエルザは決闘をすることになったことだった。

ケリィとの決闘前夜は星も照らさぬ闇夜だった。
「…はぁ……」
本日20回目の寝返りをエルザは打った。
心がざわついて眠れない。
生か死か。
何度も味わってきた二者択一はついに成長を共にした者と奪い合うことになってしまった。
長となり以前とはすっかり変わってしまった彼。
そんな彼をもう信じることはエルザにはできなかった。
だが、信じることができなくなったからと言ってもそれでも知り合いと殺し合いをするやりきれなさは拭えなかった。
「……いくら考えても無駄だってわかっているのに」
眠ろうとして目を閉じても、過去の3人で過ごした辛いながらも楽しい日々を思い出してしまう――――――――そして………。
頭を掻きむしって、はぁっと溜息をついた。
「……未練がましいわね、私も」
エルザは堅いベッドから起き上がった。

そして、彼女は部屋を後にした。

コンコン。
「……?」
彼は切れ長の目を僅かに細めドアを開けた。
きぃ。
「……まだ寝てなかったようね」
見慣れた痩身の女性がそこに立っており、クライブがわずかに驚いた声をあげる。
「どうしたんだ、エルザ…こんな遅い時間に……」
「……クライブ」
ぎゅっとエルザはドアノブに手をかけたままのクライブを抱きしめる。
背骨がぎゅっと軋んだ。
「エルザ…?」
「クライブ……お願い、抱いて」
いつも誘う時は微笑んでクライブを翻弄する仕草を見せる彼女が今日はいつになく余裕がない。
クライブがエルザの肩を掴んでじっとみる。
彼女の挙動不審さを理由付けるものはクライブにはたった一つしか思い浮かばなかった。
「……エルザ、行くつもりなのか……ケリィとの決闘に」
クライブもエルザとケリィが決闘をするという話を聞いていた。それがどういう経緯でなったのかということまでは知らなかったが。
眼を伏せめがちにして力なく彼女は返答する。
「私がケリィのことが信じられなくなったというのはわかっているでしょう…?」
「だが、俺達とあいつは仲間として共に頑張ってきたじゃないか!どうして決闘なんか」
「………」
エルザが押し黙る。言えるはずがなかった。
組合の長老たちの罪を。ケリィが長として失格だということを庭で育ったクライブに言えるはずがなかった。
「……ケリィが申し込んできたのよ、決闘を………でも、わからない」
「エルザ……」
「昔の私達は何だったの?ケリィもクライブも一緒に3人で頑張ってきた。ケリィだってあんなに昔は優しかった。なのに、どうしてこんなことになったの……わからない」
そして彼女はクライブを見上げた。涙が一筋だけ零れ落ちる。
「……行きたくないわ………私は行きたくないの………でも、私はもう、彼を信じていけない…従い生きていくことなどできない」
「……!」

微かに震え消え行くような声音のその告白にクライブは戦慄した。
長に逆らう謀反と見なされて抹殺されかねないその言葉がエルザの口からはっきり出たのは初めてのことだった。
(エルザ……どうしてそこまでケリィのことを信じられなくなったんだ…)
「ずっと信じていたかったのに、今のケリィはあまりにもひどすぎる…私が信じてきたケリィは、私たちと共にいた昔のケリィは幻だったの?
……クライブも幻になってしまうの?」
「そんなことあるはずがない……昔も今も幻なんかにならずにおまえの側にいただろう。これからだってそうだ」

「だったら、証拠がほしいわ……クライブが幻なんかじゃないっていう証が…私が生きていたって言う証が」

真摯なエルザの眼差しがクライブを射抜く。
「…俺は」
クライブはエルザをきつく抱きしめ返した。
「おまえを抱きしめている俺は、幻か?」
「!!」
(敵わない……わね、ほんと)
くどくどと悩んでいた自分が馬鹿みたいだとエルザは思った。

エルザはつま先立ちしてクライブに口接ける。
「ん…」
舌を絡ませて互いの唾液を吐息を交換する。
(幻なんかじゃない……接吻けているんだから幻じゃないってそういうこと?クライブ)
エルザが胴から首に腕を伸ばし絡ませ、口接けが一層濃密なものとなる。
クライブは酸欠と恍惚感で朦朧としながらもそっとエルザの頬に手を添え、顔を離す。
「ちょっと待て…ドアが開きっぱなしだ。誰かに見られたらどうする」
「慌てなくても私たちの関係はこの近所の皆がわかってるでしょう?そんな野暮なこと気にしないの」
「だが」
「それじゃ、ベッドに移動しましょ。クライブは本当に照れ屋なんだから」
クライブの顔は真っ赤に染まっていた。
大の男が照れている姿はかわいいものだとエルザは思う。
後ろ手でエルザがドアを閉めた。

エルザの淡い金色の髪が真っ白なシーツの上で扇形に広がるのがクライブは好きだった。
折れそうなその細い身体を抱きしめても壊れないのかいつも不安がよぎる。
だが、抱きしめずにはいられない。
エルザを抱く時にはいつもそうだった。余裕なんて欠片もない。
じれったく感じながらクライブは上着をベッドの下に放り投げる。
アイスブルーの眼はクライブの姿を焼き付けるかのようにじっと見つめていた。
「何をしてほしい?」
「キスして。身体中にクライブの痕をつけて。首筋にも鎖骨にも指にも背中にも全部」
「指は無理だろ…」
「そうかしら?」
そう言ってエルザがクライブの右手をとり人差し指を口に含み舐る。
唾液が指の根元まで流れ、温かく柔らかな舌が音を立ててつつみこむように絡みつく。
ぴくっと彼の分身が動いた。
「……なかなか気持ちいいものだな」
でしょ?と彼女が満足げに呟く。
「だが、俺の好きなところからやりたい」
クライブはそう言ってエルザの金髪に口付けた。
「あんた、私の髪が好きだったの?」
「さらさらして気持ちいいからな」
(それに…よがった時に顔に絡み付いて一層艶っぽいから)
これはエルザ自身も知らない、クライブだけが知っていること。しかし、教えるつもりは毛頭無い。

そのまま彼は額や耳に唇を下ろす。
「そうなの」
エルザもクライブの胸に口付ける……少しでも彼女の痕跡を残せるように…
厚い胸板に次々と口付けしていく。勿論、乳首を舌先で弄ることも忘れない。
「…エルザ!」
「いいじゃない。クライブだって感じるんだから…ほら、ココだって感じてる」
つんつんと彼の下半身をつついた。
まだズボンを穿いたままだというのに形を大きく主張していた。
「〜〜〜〜〜っ!!」
「……ねぇ、私、ココにもキスしたい」
「だが、そんなの」
クライブはいつもフェラチオを拒否していた。自分のモノをエルザの口に含ませるのは汚いのではないかと思っていたからだ。
「クライブは私にいつもしてくれているのに不公平じゃない?」
「だが、それはおまえがいとしいから…」
愛しいからすべてを味わい尽くしたい。
そう言うとずるいわ、自分ばっかり。とエルザは口を曲げた。
「あら、私だってクライブのこと愛しているのよ。私だってやりたいんだから」
「……わかった。それじゃ俺もやる」
妙にムキになってクライブが身体をくるりと入れ替えた。

69の体勢になって互いが互いを貪りあう。
ちゅぷ…ぴちゃ…じゅぶっ……
淫猥な水音に混じって喘ぎを漏らす声がする。
いつからこんなに二人は互いを求めるようになったのだろう。
求めれば求めるほど得られるのはもっと欲しいと願うその欲望だけ。
(でも、それも今夜限り……)
この夜が明ければ、エルザは死ぬかもしれない。
生き永らえたとしても、このようにクライブを求めることはもう二度となくなる。
ケリィのように欺瞞に満ちた長として心を殺して生き続ける。
―それが、シュトルムに選ばれた者の呪われし宿命。
(クライブ……怒るだろうね)
もう、今夜限りでこの恋は、熱は、終わりを告げる。

それは、エルザにとっては確信だった。

エルザはカリの部分だけでなく裏筋の部分も舐めあげたりもして、慣れてはいないが丁寧な愛撫を施した。
そのおかげでクライブの肉茎が見る見るうちに堅くなっていく。
(俺の方が先にイってしまう…っ)
「おまえ、キモチよ、すぎだ……」
「…んふ……だから、私もするって…んっ、言ったでしょ」
いっつも私が感じてるんだもの。
その声の振動が直にクライブの局部に刺激を与える。

(確かにエルザも感じているみたいだな)
「溢れてきた……いい匂いだ」
目の前のエルザの花弁もクライブの愛撫で開き始め、愛蜜がとろとろと溢れ出てきた。
クライブが舌先を尖らせ花芯をつつく。
「あ……っ!ん…ちょっと、クライブ…っ!」
途端にじわりと愛液の量が多くなる。
それを音を立ててクライブがすすり取った。
啜り取ったのにそれ以上の愛蜜がそこから溢れ出る。
「ふぁ…あ…や…」
(…………かわいい)
普段のエルザが出さない仕草にクライブの悪戯心が沸いてきた。
「……嫌なのか?」
クライブは愛撫を止めてわざとエルザを覗きこんだ。
「……もぅ!そんなこと、言ってないでしょ……んっ…そういう可愛くないことするのなら私にだって考えがあるわ」
そう言ってエルザはクライブの根元を掴んだ。
「…!」
「……可愛くない子はイカせてあげない」
快感が高まっていただけあり、クライブの肉茎ははちきれんばかりになっていた。
その快感をせき止められ、クライブの頭ががっくりとうなだれる。
性格でも何でも主導権はエルザだった。
「………悪かった」
「よろしい」
満面の笑みでエルザは頷き、再び肉棒に奉仕を始める。
しかし、限界が近いためもう既に白濁液が零れ始めていた。

「……もう、いい。口から出せ…出る」
エルザは首を横に振る。そして、そのまま唇を上下に動かしつづけた。
「……うっ!!」
快感がクライブの背筋を駆け上る。
どぷ……どぷ…っ…
エルザの腔内が白く染め上げられた。そのまま溢れ出るクライブの精液を何度も飲み込む。
上気したエルザの顔が艶っぽかった。
「エルザ…」
「きれいにしてあげる」
今度は猫がミルクを飲むかのように音を立てて精液がついた肉茎を舐めてきれいにしていく。
再びクライブのそれが固くなり始めた。

「今度はおまえを気持ち良くする番だな」
クライブは体位を入れ替え、エルザの膝をM字に折り曲げた。
エルザのきれいなピンク色の秘部が露になる。いやらしいよなと思いながら陰核を甘噛した。
エルザが軽く痙攣した。
「んっ…もぅ…むふっ……きもちいいわよ、私は」
「もっとだ」
もっと気持ち良くしたい…
そう呟いて肉茎をエルザの秘部にあてがい、ゆっくりと肉茎を埋めていく。
「あぁ…ん…でも、それはクライブも、ね」
「……そうだな」
口の端を上げてクライブはそっとエルザの紅唇に口接ける。
そして緩やかに腰を動かし始めた。

ベッドのマットレスがその動きに合わせて軋む。
はぁはぁとクライブがエルザが互いにどんどんと息が荒くなっていく。
エルザの中でそれが一層堅くなった時にエルザは半身を起こし、ぎゅっとクライブを抱きしめた。
「エルザっ?」
「このまま、イコう……?クライブの、命の音を聞いていたい」
(私はこの音を忘れない……あなたを裏切ろうとも)
「…ああ」
わかったと彼は言い、エルザを抱えあげた。
淡い金の髪が汗の掻いたクライブの肌にぴったりと張りつく。
それが下からの振動で僅かに揺れる。
甘いエルザの嬌声が一層クライブを煽りたてた。
「くっ…もぅ…」
「ん…っ!出して…っ」
「だ、だがっ」
「いいって、言ってるでしょ!…ぁっ……本人同意なんだからっ、気にしないの」
「っ……出るっ!」
一瞬膠着してエルザの中で熱い液が迸る。
そっと結合部から一物を引き抜くとどろりとした液が溢れ出た。

「……ねぇ、クライブ。もう1回キスして?」
視界がぼやけているのを感じながらクライブの胸に頭をすり寄せる。
「……エルザ」
情事の後のエルザは甘えたがる。それがクライブには嬉しくもあり、照れくさい。
「私のこと嫌い?」
「そんなわけないだろ」
孤独に育った者同士だから、少しでも触れ合っていたい。
常に死と裏切りと隣り合わせで生きているといることを実感したいから。
―呪われた自分たちもまだ、生きている……人として。
抱きしめたままクライブは彼女の頭にくちづけた。
「…もう1回」
「………もっと、だろ? 全身にキス。やってやるよ……それに」

「おまえをこのまま離さない。ケリィとの決闘に行かせない……絶対に」
「……!」
エルザのアイスブルーの目が大きく見開かれる。
クライブは彼女を抱えたまま身を伏せた。
クライブの腕の中で抱かれているエルザの瞳が翳りを帯びたことを彼は知らない。

もう、わかっているの……
クライブが幻なんかじゃないってことは……でも。

この身体を巡る熱は一瞬だということを……永遠なんかじゃないって……

「……エルザが……ケリィ…長を殺して、シュテルンとモーントを持って消えた…?」
翌日、クライブは茫然とその知らせを聞いた。
(……嘘だ…エルザが……)

昨夜、夜明け前までクライブはエルザと身体を幾度となく交じらせていた。
疲れて眠り、窓からの強い日差しに気がついて起きるとクライブの腕の中にいたはずのエルザはいなかった。
乱れた白いシーツとクライブの身体につけられた多くのキスマークだけが昨夜の名残だった。

『だったら、証拠がほしいわ………クライブが幻なんかじゃないっていう証が…私が生きていたって言う証が』
昨夜彼女がやってきて言った言葉を思い出す。
生きていた
過去形のその言葉を言ったあの時点でもう決闘に行くことを決めていたのだ。
(……エルザ)
俯いて、ぎゅっと無意識に拳を握り締める。
(……俺はこんなのを望んじゃいなかった…離してはいけなかったのに)
服の下にはまだ彼女の痕が残っている―だから、なおのこと………
「…………それでだ、クライブ」
長老たちが口を開いて紡ぎ出す。
彼の運命となる言葉を。
そのまま彼は立ち尽くす。

長い沈黙の後の彼の答えは是、だった。

「モーント。月…その意は裏切り」
静かにエルザはそれを構える。
あの決闘の時の死に際に言ったケリィの言葉。
『おまえたちを愛していた』
空砲のモーントを撃って遺した最期の真実。
彼がモーントを手にしたのは長としてのギルドへの裏切りの表しではなく、共に育った者達への裏切りの悔い。
「あの時、私はシュテルンではなくモーントを持つべきだった」
ケリィはずっと自分たちを信じていた。
なのにケリィを欺瞞の目で見ていたのは、愛していてくれていたクライブを裏切ったのはエルザだった。
身体にはもう、彼の痕は残っていない。
彼にもあの時の情事の痕は残っていない。
だが、心に刻まれたこの想いだけは、あの時の彼の鼓動は未だに覚えている。
かつての恋人は追跡人となり、想いを憎しみに変えて自分を追ってくる。
―それでいい。

エルザの望みはもうすぐ叶う。
(クライブ、私の裏切りの鎖から解放させてあげる……ケリィ、呪われし子らに祝福を)

終末は、すぐそこに…

<了>

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