娼館シリーズ・群島編@(ジェレミー×ミツバ) 著者:12_261様

――と、とうとうやっちまった……。

甘ったるい香のたちこめる、薄暗く狭い通路を歩きながら
ジェレミーの脳内は、激しい後悔と期待のせめぎあいに埋め尽くされていた。

ここは、ミドルポートの街中に点在する地下間道の一つを利用した、
知る人ぞ知る娼館のひとつ。
同僚の一人にその存在を教えられた当時は、「なにをくだらねえことを……」と聞き捨てていたその場所に、
心臓をバクバク言わせながら今足を踏み入れているという現実を思うと
大声あげて逃げ出したくなるような、凄まじい恥ずかしさがこみあげてくる。

通路の両脇に設けられた、分厚い木製のドアから
漏れ聞こえてくる男女の淫猥な話し声と、びっくりするほど激しい喘ぎ声に
いちいち思いっきり動揺して足を止めたりしながら
どうにかこうにか足を進めてたどり着いたのは、「13号室」と書かれた札のかかった
一番奥の方の部屋だった。

この向こうに、女が待機している。
これからきっちり丸一晩、同じベッドで過ご さ な け れ ば な ら な い おんな。
素朴な性の自分には、これまでとんと縁のなかったあんなことやこんなことを、
やら な け れ ば な ら な い 相手。

こんな時だというのに、胃の中に鉛の塊でも入れられたかのような気の重さを感じて
ジェレミーはしばらく、その場に立ち尽くした。

つい今しがた、館長の代理だという軽薄そうな青年と交わしてきた会話が
まざまざと脳裏に蘇る。

(ええっと、なんか、女の子のタイプのご希望とかありますかねー?)
(い、いや別に……ま、待ってくれ、ちょっと考える……)
(ええ、いいですよー。この時期はウチも稼ぎ時でね、たいがいのご希望には添えると思いマスし。)
(じ、じゃあ……。)

髪の色は黒。そんでショートカット。目が大きくて、小顔で、背丈は俺の肩くらいで、
胸はそこそこあるけど全体的に締まったからだつきで、元々は色白っぽいけど軽く日焼けしていて……

とんでもなく細かい特徴をダラダラと話しながら、
これじゃあ希望を言ってるっつーより行方不明者探しみたいじゃねえか、と気付いて頬に血が上り、

(や、やっぱ、ムリだよな?じ、じゃあ、えーっと、)
(……いますよ)
(はあ!!!???)
(いや、だから居るんですって!こりゃあ驚いたな、お客さんの好みに全部当てはまってる子が!
ちょうど一昨日から働いてるんですよ!!じゃ、その子で決定っスね!?)
(あ?……あ、ああ……。じゃあ、それで、頼む……)
(毎度!じゃあ、料金前払い指名料コミで、52000ポッチになります)

どうせ、丸ごとドブにでも捨てるような気持ちで持ってきた金だ。
むしろ気恥ずかしいやりとりがようやく終わってくれることにホッとしながら
ジェレミーはあっさりとその大枚を相手に手渡し、
言われるがままにこの通路に足を踏み入れてきたのだった。

――つっても、きっと似ても似つかねえ女なんだろうな……。いや、むしろ、その方がいいぜ。

脳裏に浮かぶ勝ち気な笑顔を振り払うように、ジェレミーはぶんと頭を一つ振って
ドアのノブに手をかけた。

――もう、テキトーにお茶を濁してすぐに眠っちまおう。金はキッチリ払ってんだ、文句言われる筋合いはねえよな!

ガチャ……と重たい音を立てて、ドアが開く。
淫らがましい香がいっそう濃度を増して、頭がクラクラしてきた。
うすぐらい室内にチラリと見えた、ほのかに光る真っ白なベッドの輝きに今さら思い切り動揺しながら
意を決して足を踏み入れ、慌てて後ろ手にドアを閉める。

……いきなり、真横から襲い掛かられた。
香とは違う、甘酸っぱい女の髪の匂いが一瞬鼻をくすぐったかと思うと、
わき腹めがけて抱きついてきた、はずむような弾力のある肢体がジェレミーの体をドンと突き飛ばす。

「うわっ!!?」
よろけて、思わず手を伸ばし、どうにか両手で女を抱きとめる形になった。
引き寄せた女の体はたとえようもなくしなやかに、ジェレミーの腕の間にすっぽりと収まってしまう。

そして、無闇やたらと元気のいい、女というより少女そのものな声が、
見下ろす黒い髪の下から飛んできた。
「もーっ!!おっそいぞー!!なにやってんの!!」
「…………!!!???」

知 っ て い る 声 だ 。

「へっへー。お客さん、さてはこういうトコ初めてなんでしょー。大丈夫、あたしがキッチリ、気持ちよーくしてあげるよン♪」
こちらの胸板に気持ちよさそうに顔を埋めたまま、そこまで一気にまくしたてた後、
少女はヒョコっと元気よく顔をあげ、前髪をブンと払いのけて。
イタズラ好きな天使、としか形容しようのない、天真爛漫な笑顔の真ん中で
鮮やかな深緑色の両の瞳が、キュウッと絞り込まれ点になる。

……二人同時に、絶叫した。
「じ、じじじっ、ジェレミーいいいっ!!!????」
「ンなんでテメエがここに居るんだああああああっ!!!!!!???????」

恋人同士のようにぴったりと身を寄せ合ったまま、
ムードたっぷりにしつらえられた淫靡な寝室のただ中で。

不倶戴天の敵ミツバとジェレミーの、数十回目の決戦の火蓋は、こうして切って落とされた。

「だーからあ!クエストギルドで貰ってきた、まっとうなお仕事なんだってば!!」
「バレバレなウソついてんじゃねえ!!娼婦なんてこんなヤバい依頼、見たことも聞いたこともねえよ!!」

薄く桃色の霧がただよう薄明かりの密室に、場違いにもほどがある怒号が際限なく飛び交いあう。

「うぐ……。だ、だってほら、キリルってまだ21歳なってないし……」
「お!ま!え!も!そうだろうがーッ!!!!!!」

ベッドの端に腰を下ろしてブーツの足をブラブラさせつつ、強情に胸を張って言い募るミツバの目の前を
足音も荒く行ったり来たりしながら、ジェレミーは両手をぶんぶん振り回してわめく。
「マ、マジで信じられねえ……。黙ってひょこっと出てったっきり姿が見えねえと思ったら、
よりにもよってこんなトコで働いてやがるなんて……」
フルフルと頭を震わせながらうつむいて、絶句すること十数秒。
クワッ、と両目を見開き、ミツバに指をつきつけて叫ぶ。
「見損なったぞミツバぁ!!恥を知れ、恥を!!」

おそるおそる、といったかんじで立ち上がって背を伸ばし、ジェレミーの肩に右手をかけようとしていたミツバの目が、
すうっと細くなる。
「……じゃあ、こっちも言わせてもらうけどさあ……」

……一流の剣士は、戦況の流れに敏感である。
この時、ジェレミーの背筋を貫いた戦慄は、勢いに乗って敵の間合いに踏み込みすぎたときのそれに、
非常によく似ていた。

言葉をなくしたジェレミーの頬に、ミツバの柔らかい手のひらがそっと重ねられ
むしろ優しげな、とでも言いたいような声色で、反撃の一打が襲いかかってきた。
「……あんた、いったいここにナニしに来たわけ……?」
「な、なにって……」
さわさわと、いとおしむように頬を撫でてゆくミツバの手のひらの感触。
静かな怒りに細められたミツバの眼差しは、普段の能天気な笑顔からは思いもよらないほどの『女』らしさを見せ
ゆっくりと言葉をつむぎながら揺れる、桜色のくちびるとのあまりの距離の近さが
ジェレミーを落ち着かない気持ちにさせる。
「あたしを連れ戻しに来たの?……違うよね。さっき、死ぬほどびっくりしてたし」
長い髪をかきわけてすべりこんだ細い指先が、ジェレミーの耳朶を回りこむように撫でる。
「う……」
「『見損なった』なんて、言わないよ。でも、正直びっくりしちゃったなあ……」
うたうようなミツバのささやき声。ゾクゾクと背筋を走る甘い戦慄。
「そ、そんなの、俺の勝手……」
「そうだよね。ジェレミーの勝手。こんなトコで、お金で買った女の人に、いっぱいいやらしいことしてても。
 あたしがどうこう言うことじゃないよね」
いまやミツバは、両手をジェレミーの首の後ろに回してぴったりと身を寄せ、
小ぶりだがしっかりとした丸みのある胸の先端を、触れるか触れないかのスレスレまで近づけている。
「だから……。あたしのことも。好きにしちゃって、いいんだよ?」

「あ……」
おもわず、視線が下に落ちる。
ふくらみの根元あたりまでを大胆に露出している、ミツバの赤い上衣の胸元に向かってさ迷わせた視線が
ふと、なにかを期待するようにこちらを見あげるミツバの視線と絡み合ってしまって
ジェレミーは慌ててプイと顔をそらした。
「ば、バカ言ってんじゃねえ!なんで、おまえみたいなガキに俺が……!!」
ニュアンスにはすさまじい落差があるものの、本音と言って言えなくもない言葉を吐き捨てる。
「そう……」
首の後ろに回された、ミツバの両手にきゅっと力がこもる。
黒髪を揺らしてうつむいた少女の、意外なほどしおらしい姿に

――やべえ、言い過ぎたか!?

と、動揺した一瞬のスキを突かれ、

「えぇいっ!!」
「うぐぁああっ!!!???」
首を引っこ抜かれたかと思うほどの勢いで引かれ、ジェレミーは宙を舞った。
綺麗な半円を描いてターンするミツバの体を軸にして飛んだ先は、贅沢なクッションと幾重ものシーツに覆われたベッドの上。
無様に頭から突っ込んでしまったものの、素早く身を起こし振り向く。
「てめえ、なにしやが……!!」
「勝負しようよ、色男」
衝撃の余韻に揺れるベッドを軋ませながら上ってきたミツバが、猫のように身軽な動きでスルスルと這い登ってきて
横たわるジェレミーの体の上に、小さな天蓋のように覆い被さった。

あと少しでも身をよじれば、少女の健康的に日焼けした四肢のどこかに触れてしまう。
そんな体勢に追い込まれて、少し顔を持ち上げれば唇が触れるほどちかづいたミツバの顔を見上げるジェレミーは
「……し、勝負……?」
やっとのことで、一言だけ問い返した。
「そ。勝負。ガキで恥知らずなあたしのことなんて、抱きたくないんだよねえ?」
ペロリ、と、小さくのぞかせた舌先で、唇の端を舐め濡らしながらミツバ。
「……ホントに一晩、我慢できたら。なんでも言うこと聞いたげる。
 このお仕事やめろって言うんならやめるしさ」
「な、なに勝手に……」
「でも、もしもジェレミーがウソついてて、あたしの『ここ』に、『これ』を」
くりっ、とミツバが身をひねると同時に、ジェレミーは息を呑んだ。
ズボン越しに、ミツバの薄い腰布越しに、それでもはっきりとわかる柔らかく熱い肉丘の感触が、
窮屈にしまいこまれたままの肉棒の裏側に、ぎゅうっと押し付けられたからだ。
それがすでに、はちきれそうなほどに勃起してしまっているのがバレたのだろう。
ミツバは驚くほど艶っぽく、あざけるような笑みを浮かべ
「……入れちゃったら、もう、あたしのやることに絶対文句つけないこと。
 これからも、脂ぎったオジサンたちに毎晩いーっぱいエッチなことされて、しっかり稼がせてもらうよん」

反論しようにも、言葉が出てこない。
そもそも拒絶したいのか、ミツバの『攻撃』を期待しているのか、
今すぐ建前もなにもかも振り払って、この長年の腐れ縁の相手を、がむしゃらに押し倒してしまいたいのか。

自分で自分の気持ちがまったく分からないまま、ジェレミーはただ黙り込むしかなかった。
その沈黙を、肯定と受け取ったらしいミツバはブンと軽く頭を振って、額に落ちかかる前髪を払い
片手で髪をかきあげ片方の耳を露出させると、
ゆっくりと顔を下ろして、ジェレミーへと近づけて来た。

……ふと、かすかな恥じらいを頬にのぼらせて囁いてくる。
「……目、閉じててよ……」

もう後戻りはできない。言われるままに従順に目を閉じ、暖かい薄闇の中、
早鐘のように脈打つ自分の鼓動の音と、ゆっくりと近づいてくる少女の熱い吐息に耳を傾けていると
寸前でためらうような一瞬の間をおいて、ミツバのたとえようもなく柔らかい、熱い唇が
そっとジェレミーの唇に重ねあわされてきた。

今、長年の宿敵ミツバに覆い被さられて、キスをされている。
思えばかなり衝撃的なそんな事態を、ジェレミーの脳がきちんと把握する暇もないまま。
「うふっ……。んっ……」
ちいさな鼻息を漏らしながら、ミツバのくちびるがジェレミーのくちびるを
そっとついばんでいく。
上唇を、下唇を。かわるがわる咥えては、丁寧に舌先でなぞるように愛撫してゆくその動きは
どこかぎこちないながらも意外に丹念なもので
少女の高い体温が、やわらかく濡れた粘膜を伝って入り込んでくるような感覚に
ジェレミーの下腹部の緊張は、さらに増していく。
さらさらとした前髪でジェレミーの額をこすりながら、首をかすかに左右させていたミツバが
ひととおりの愛撫を終えてまっすぐに唇を押し付けてきたのにあわせて思わず舌を差し入れると、
ミツバは衝撃を受けたかのように僅かに体を震わせたものの、
やがて従順に口を開いて、熱っぽい口内へと招き入れた。

――こいつ……。

綺麗に並んだちいさな歯の列を開き、細い舌の先をこちらの舌に絡め吸い上げるミツバ。
その愛しげな様と、ぬかるむ口内の感触に陶然となりかけながらも、ジェレミーの中にちいさな疑念が生まれた。

――おとといから働いてる、って言ってたよな……。

ミツバがキリル達のキャラバンから、ふらりと姿を消したのは2週間ほど前のこと。
普段の言動が言動だっただけに、ラインホルトを含め誰一人として疑問には思わず
ただ単に、うまい儲け話でも聞きつけて勝手に脱退したのだと思って気にもとめていなかった。
ジェレミーにしても、ほぼその線で確実だと思っていたので心配はしなかった……
胸に穴があいたような、寂しさやるせなさだけはどうしようもなかったが。

実技指導やらがあるにしても、たった二週間で、ここまでうまくなるものなのか。

ツボを押さえた丁寧な愛撫に、快感が掘り起こされていけばいくほど
どうしようもなく膨らんでゆく疑問。
『もともと上手かった』などという発想は、普段のミツバを見慣れたジェレミーにはどうしても出てこない。
口ゲンカや『勝負』の合間合間、ふとみせる女っぽい仕草にガラにもなくドギマギしてしまうことはあっても、
ジェレミーの中のミツバはあくまでも、大人ぶって見せているだけの、ただの女の子に過ぎなかった。

――でもなきゃ、いくら俺でも。

絡み合うふたりの舌が立てる、小さな水音を遠く聞きながら、やるせなく物思いにふける。
無意識に伸ばした手で、ミツバの揺れる後頭部を、そこからうなじ、背中にかけてのラインをそっと撫で下ろし、
このちいさな暖かい体を、何人の見知らぬ男が組み敷いていったのかと想像せずにはいられない。

不意にこみあげてきた、形のない怒りの赴くままに、ミツバのベストの端をギュッと握り締め
自分から相手の体をもぎ離そうとするように引っ張ってしまった。
背中を撫でるてのひらの動きに、気持ちよさそうに伸び上がりながら口内の愛撫を続けていたミツバは、
その動きに込められた意図をどう解釈したのか。
どこか名残惜しそうな風でジェレミーの舌をもうひと弄りしてから、ミツバはゆっくりと身を起こした。
声もなく、見上げたミツバの顔は、ランプの投げかける薄明かりの中白々と輝き
口の中に残った唾液を味わうように、頬を上気させ、陶然と目を閉じて上を向いたその大人びた表情が、
ジェレミーの胸に再び鈍い痛みを生む。
「はぁ……」
せつなげな、聞きようによっては媚びた演技に満ち満ちたため息のあと、ミツバは不意に目を開いて。
「もっとやってあげようと思ってたのに。案外せっかちだよねえ」
一瞬後には、この状況の中では違和感のありすぎるいつもの勝ち気な笑顔をたたえて
荒い息をつくこちらの顔を、意地の悪い眼差しで見下ろしている。

大きく股を広げた逆Vの字のひざ立ちから、ジェレミーの下腹部の上に遠慮なく腰をおろしてきた。
左右に腰を振りながらキスを繰り返していたせいなのか、頼りないヒモで前後をつながれているだけのミツバの腰布は
女らしくふくらんだ尻の丸みの上を盛大にめくれ上がっていて
まるっきり覆うものとてなく露出した、汗ばんだ尻肉とふとももの柔らかさが
ずっしりとジェレミーの腰にのしかかり覆い被さる。

ゆっくりと、見せ付けるようにゆっくりと、ミツバの両手が自身の胸元に寄せられ。
プチン、プチンと軽やかな音をたててベストの留め金を外し、その赤い表面をはちきれそうに押し上げている、
瑞々しい乳房のふくらみが曝け出されてゆく。

……思えば、何度夢に見た光景だろう。

くっきりと半球状の形を浮かび上がらせて盛り上がる、ミツバの両の乳房は
日焼け跡をかすかに残しながら蒼白く清楚に輝き、
薄明かりの中ではほとんど地肌と見分けがつかないほどかすかに色づいた頂の突端には、
可愛らしい蕾が震えながらうずくまっている。
汚れを知らない天使のように、静謐な美しさをたたえたミツバのほの白い裸身は
つかの間、ジェレミーに今置かれた状況を忘れ去らせるほどに、畏れを抱かせるほどに感動的な姿だった。

……だが。

「降参ならいつでも言ってよね、お・きゃ・く・サ・ン」
卑猥な動きで円を描いて腰を回し、ズボンの中の男性自身の固さを自分の肉丘で確かめるようにこすりながら
細い肩をゆすってベストを脱ぎ落とそうとするミツバの淫蕩な嘲りの声と眼差しが、
ジェレミーの心をかきむしる。

「ミツバ……」
「んー?なに?」

苦しい気持ちをどうにかして伝えたくて、やっとの思いで搾り出した声に、ミツバは軽い生返事を返した。

やめてくれ、と言うつもりだった。
だが、こっちの苦悶になどまるで気がついた様子もなく、後ろに回した両手首にひっかかったベストを振りほどこうと
無邪気にブンブンと体を揺すっているミツバの横顔を見上げるうち、
ジェレミーの中でドス黒い怒りが急激に膨れ上がる。

自分でも意味不明な怒声を迸らせながら、ジェレミーは強引に体を起こし、
自分の体を押さえ込むように座っていたミツバの、半裸の上半身が不意の衝撃に揺らぐところを、両手で捕まえて横のシーツ上へと引きずり倒した。
「えっ…?きゃああああああああっ!!」
絹を裂くようなミツバの悲鳴。
しなやかに伸びたミツバの足が宙を舞い、一瞬で上下が入れ替わった。

くしゃくしゃになって手首に絡まったベストで、後ろ手に拘束されたような格好になったミツバの上半身を
両肩を掴んだ手でシーツに埋め込むようにして固定すると、
驚愕の表情を浮かべた愛らしい顔から、剥き出しになって揺れる両の乳房、きゅっとくびれた腹にいたるまでの真っ白な肌が
隠れもなく、逃げ場もなく、怒りと欲望に霞んだ視野を埋め尽くす。

「じ、ジェレミー……」
こちらを見上げるミツバの眼差しはなぜか、さっきまでの堂に入った娼婦ぶりからは思いもよらないほど不安げで
その声はかぼそく震えていた。
恐怖に見開かれたその大きな目に映る自分は、おそらく飢えた獣のような、一度もこいつには見せたこともないような、
恐ろしく凶悪な表情を浮かべているのだろう。
その自覚を心のどこかで愉しみながら、ジェレミーはゆっくりとミツバの顔に顔を近づけ、
その耳元に囁きかけた。
「俺の負けだよ、ミツバ……」
ミツバがちいさく、息を呑むのが分かる。
「剣だけじゃなく、『コレ』でも負けだ。我ながら情けないけどな、でも、まあ……」
Vの字に大きく割り裂いたミツバの脚の間に、割り込ませた左の太ももを、少女の股間の頂にこすりつけるようにしてやると
たったそれだけのことで、ミツバは切羽詰ったような表情を浮かべ
なんとか逃れようとするかのように、シーツの上に拘束された体を、無為に左右に揺らす。
「しかたがないよなあ。おまえはもう、一人前の立派な娼婦なんだからさ。いや、マジで驚いたよ……。素人の俺なんかが、敵うわけない」

――もういい。

説得して連れて帰ろう、などという最初の甘い考えは、ジェレミーの脳裏から綺麗さっぱり消滅していた。
ミツバが消した。変わり果てた、なのに声も姿もなにもかも、いつも傍にいた『あいつ』のままで、
胸の奥にずっとしまっておくはずだった想いを、引きずり出し踏みにじったこいつが。

「あ、あの……」
動揺し、視線をオロオロとさ迷わせながら、ミツバがなにかを言おうと口を開いた。

――だから、もういいって。いまさらそんな、泣きそうな顔するなよ。

「愉しませてくれるんだろ……?」
まるで取り合うつもりもなく切り捨て、歯と歯がぶつかりあうほどの勢いで、ミツバの唇を奪った。
「……!!んむうっ!ふむううううっ!!」
乱れた黒髪の後頭部全体を、柔らかいシーツに埋め込まれるように乱暴なくちづけに、ミツバが苦しげな声をあげる。
今度は硬く閉ざされたまま震えるちいさな歯の列を、潜り込ませた舌の先端で弄るようになぞりながら
ジェレミーは、ミツバの肩を押さえつけていた手をスライドさせて両の乳房の上に滑り込ませた。
みっちりと肉の詰まった、瑞々しい弾力をみせるそのふくらみをわしづかみにしてぎゅうっと絞り上げてやると
ミツバの白鮎のような裸身が、激しくのけぞるように跳ねた。

執拗に追いすがり唇を割り裂こうとする、ジェレミーの唇と舌先から何とか逃れようと
後ろ手に縛り上げられたにも等しい窮屈な姿勢のまま、裸の上半身をのたくらせて上へ、上へと体をずらしてゆくミツバ。
「ひああああっ!だっ、だめ、ああーっ!!」
欲望と激情にまかせて乱暴に揉みしだくだけの愛撫も、彼女の敏感な胸にはこらえ切れない疼きを与えるらしく
なんとか唇を解放される束の間の間隙を縫うように、恥も外聞もなく甲高い声をあげる。
思う様、少女の唇を味わいつくしたあと、思い切りのけぞった細い喉にかぶりつき、そこから鎖骨のくぼみへと、ゾロリと舌を這わせていく。
同時に掌で乳房の下半分を撫でさすりながら、両の中指で尖りきった乳首を押し込むようにして刺激してやると
ミツバは両足をバタつかせて面白いほど激しく暴れ、ジェレミーの腹に裸の腹を何度も何度も打ちつけながら喘いだ。

なんでここまで敏感なのか、そもそもこんなにも感じやすいようで娼婦など勤まるものなのか、と
先ほどまでとは正反対な疑問がチラリと脳裏をかすめたものの、
『どうせこれまでも、何人もの男相手に同じ痴態を晒してきたはずだ』という想像に凝り固まった今のジェレミーには
汗を飛び散らせながら身悶え続けるミツバの姿も、なにか空々しい演技の延長線上にしか見えず
せいぜい追い詰め、よがり狂わせてやろうという、嗜虐的な想いをますます強くしていくだけのことだった。
かつて漠然と夢想していたそれとは、悲しいほど遠く隔たった状況ではあったが
現に今、自分の体の下で踊るミツバの白い裸身を、思うさま味わい尽くしたいという衝動に身を委ねて。

胸を突き出すような格好で固定された細い両腕ごと、右腕をまわしてミツバの上半身を強引に抱きあげ
散々こねくり回されて湯気を立てるような左乳房の突端を、口元に運びむしゃぶりつく。
汗にまみれた甘い果実を舌先で転がしてやると、腕の中のミツバはせつなげに身をよじりながら哀願の言葉を漏らす。
「だめ……そこだめ……か、かまないで、か……、あひゃうッ!!」
なおも執拗な乳首責めを繰り返すうちに、ミツバの喘ぎ声は次第に切迫した響きを帯び始めた。
必死の抵抗と断続的な痙攣に、その丸みをたわませながら跳ね踊っていた右の乳房に手を伸ばし
指でつまんだ乳首を、きゅうっとひねりあげながら引っ張ってやる。
「ぃひいいいいいいいいいッ!!」
おもいっきり仰け反って声をあげた拍子に、ミツバの体がジェレミーの腕から離れ
乱れた白いシーツの上に投げ出された。

はぁはぁと荒い息をつくミツバの乱れきった姿を、ジェレミーはどこか他人事のように見下ろす。

横を向いた顔の上半分には、汗まみれになって乱れた黒い前髪が張り付き
愛らしい桜色の唇の端から、透明な唾液がこぼれてシーツに小さなしみをつけている。
どんな体勢でも型崩れひとつ起こさない、小ぶりながらも誇らしげに盛り上がった乳房を晒け出したままの上半身から、
痛々しいほどに上気した、引き締まったラインを描く肌の上をなぞるように視線を走らせていくと
まぶしく光輝く両ふとももの付け根に辛うじて絡み付いているだけ、という風情の、薄い腰布に目がとまった。

ここまでやってしまっておいて、今さらやめる理由など何一つない。
ジェレミーは、力なく投げ出されたミツバの左ひざに手をかけると、その両足をゆっくりと割り開き
少女の軽く盛り上がった股間の肉丘を、自分の真正面に来るように移動させた。
体を転がされるその動きに、ミツバは微かなうめき声を漏らしたが、
いまだ忘我の極みから回復していないのだろう、抵抗しようというそぶりすら見せない。

へそのあたりまでめくれあがった白布の下、初めて目の当たりにするミツバの秘裂は
髪と同じく黒々と濡れた繊毛の奥に垣間見える、白い肌に差し込まれたピンク色の傷口のように見えた。
罪悪感を刺激されるほど清楚な、薄く細い陰唇はしかし、かすかな湯気を立てながらしっとりと口を開き
とろとろと溢れ出す樹液はミツバの身体が既に、男を迎え入れる準備を整えていることを知らせている。
「…………」
ジェレミーは自分の腰に右手をやり、情欲を煽り立てるミツバのしどけない姿に視線を絡み付かせたままで
無言のままベルトの留め金を外し始めた。

これで、終わる。なにもかもが。

脳裏に浮かぶのは、ずる賢そうな上目遣いで自分を見上げ、勝手な理屈をこねながらまとわりつく少女の面影。
いつも自信たっぷりに、まるでこちらがその伸びやかな魅力に心を奪われていることまで知り尽くしているかのように
子供っぽいなかにもどこか誇らしげな様子で浮かべていた眩しい笑顔。

――ちきしょう……

これから自分が捨てようとしているもののもたらす痛みに、ジェレミーが心の中で呻いた、その瞬間。

視界の隅に白い残像を残しながら、思いがけなく素早い動きでミツバの右足が動いた。
「……!?」
胴体にぴったりと寄せられたわめられた、そのしなやかな脚の動きに気づいた、と思った次の瞬間には
猛然と繰り出されてきたミツバのつま先が、ジェレミーのみぞおちに深々と突き刺さっていた。
「うぐぅっ!!!???」

たまらず身を折って呻きながら、両腕で自分の腹を押さえ、悶絶しているその隙をつかれ
ようやく目を上げたときには、既にミツバは両手首を拘束するベストから身をふりほどき、
ジェレミーの手が届かない距離にまで後じさり身を起こしていた。

ベッドから引き剥がしたシーツで、汗まみれの白い裸身を覆い隠し
交差させた両腕で、自分の身体をかばうように抱きしめたその明確な拒絶の姿勢に
ジェレミーの心を再び、煮えたぎるような怒りと悲しみが覆い尽くす。

どれだけ必死に暴れようが、無理やりにでも。

そう心に決めて、臓器にわだかまる猛烈な鈍痛と吐き気をこらえながらにじり寄ろうとした、そのとき。
「……来るなァッッッ!!!」
さんざん弄られ悶え続け、間違いなく決壊寸前まで追い込まれていたその小さな身体の、どこにそんな力が残っていたのか。
ミツバが、その細い喉がちぎれてしまうのではないのかと思うほどの大声で叫んだ。
思わず動きを止めて見つめ返したその顔は、真っ赤に上気しながら紛れもない敵意と怒りに歪み、ブルブルと小刻みに震えている。

……そしてジェレミーは、いまだかつて夢想だにしたことのない光景を目撃した。

まっすぐにこちらの目を見据える、ミツバの大きな両目の縁に、大粒の涙がゆっくりと盛り上がり
白い陶器のようになめらかなその頬の上を、ゆっくりと伝い降りてゆくのを。

「……おまえ…………?」
心の中で燃え盛っていた激情が、急速に冷えてゆくのが分かる。

それきり、言葉もなく黙り込んでしまったジェレミーの眼前で
ミツバは恥らうように俯いて前髪で顔を隠し、ただ小刻みに細い肩を震わせながら
幼子のような嗚咽の声を、とめどなく漏らし始めた。

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