ヤキモチ焼くテンガアール 著者:通りすがりのスケベさん様

ルカ・ブライト率いる王国軍との対決を間近に控え、
普段は穏やかなこの城の空気も緊張感を漂わせていた。
これまでより一層激しさを増すであろう戦闘に備え、各々がその準備に追われている。
それは普段は仲睦まじき彼らもまた例外ではなかった。

「う〜〜ん………どれがいいんだろう?」
「攻撃的なものがいいんじゃない? 雷とか…」
紋章屋の奥で品定めをする2人。
一見すると仲のよい恋人に見えるが、彼らの眼差しは真剣だ。
「雷はダメだよ、この間暴発しちゃったから外したんだ。」
「じゃあ……火?」
「うーん……いくら敵だからって焼き払うっていうのは後味悪いよ……」

「もう! いい加減にしてよ! ボクたち戦争してるんだよ!?
 そんなのじゃいつかヒックスが殺されちゃうよ!?」
「だ、だから何も魔法使わなくってもいいんじゃない?」
「でも剣の腕じゃあヒックスより強い人いっぱいいるじゃない。
 魔法を上手くなれって言うんじゃないよ、両方そこそこできれば
 重宝されると思うんだ、ボク。」
「両方そこそこ……」
その言葉に引っ掛かったが、ヒックスは素直に認めざるを得なかった。
彼女の言葉は的を得ていたのだ。
別段、剣技に長けている訳でもなく、魔法が得意な訳でもない。
かといって両方できないかと聞かれたら、そうでもない。
この軍の中でとても中途半端な位置にいることは自覚している。
「今のままじゃ戦力にならないよヒックス。ボクが付き合ってあげるから、
 もうちょっと魔法使えるようになろうよ?」
「………そうだよね。僕も少しは役に立てるように頑張らなきゃ。」

とは言うものの、攻撃魔法はやはり性に合わない。
どうしたものかと考えあぐねていると、カウンターの方からふと視線を感じた。
ヒックスが視線を感じる先に目を向けたところ、この紋章屋を取り仕切っている
ジーンと目が合った。その魅惑的な身体から発せられる妖艶な雰囲気にあてられてか、
いつもここは人が多いのだが、今はさすがにそれどころではないのだろう、
店内には彼ら2人しか客はいなかった。
「…そうだ、ジーンさんにアドバイスしてもらおうか!」
「え?」
ヒックスの答えも待たず、彼女はぐいと彼の手を取ってジーンの前に引っ張って行く。
「ねぇジーンさん、ヒックスにはどんな紋章が合ってると思います?」
「テンガアール、そこまでしなくてもいいよ……ジーンさんも困るだろうし…。」
その弱気な発言にテンガアールの眉がキッとつり上がった。
あからさまに不機嫌なその表情に、ヒックスが後ずさる。
「キミのためにやってるんだろ!? それとも何? 迷惑ってことなのかな!?」
「ち、違うよ……そんな事ないけど……」

その煮え切らない態度に、テンガアールのイライラがさらに増す。
彼女にしてみれば少しでも強くなってほしいと願ってとった行動なのだが、
当の本人が乗り気でないのが気に入らないのだろう。
これでは自分が1人で空回りしてしまっている感じがしてならないのである。
「ふふふ………仲がよろしいのね。」
このまま放っておくと頭から火を吹きそうなテンガアールと
そんな彼女にただオロオロとするヒックスがおかしかったのか、
加熱する2人の間をジーンの声が遮った。
その透き通るような細い声に彼らが振り向く。
「ヒックスさんに合う紋章ね。……そうね……」
指を頬に当てて、妖艶な彼女が考える仕草を見せる。
テンガアールは腕組みをして彼女の言葉を待ち、
ヒックスはどこか落ち着かない様子で目線を泳がせていた。
肌の露出の多いジーンを見る事に抵抗があるのか、
ヒックスが彼女の方を見ることはない。
やや顔を赤らめて、何かを言われるのをじっと待っている。

「紋章は攻撃するだけではないですよ。
 土や風などのサポート主体のものも重宝されるはず…」
先ほどの会話を聞いていたのか、ジーンはヒックスが苦手だと言った
火や雷の紋章の事を口にしなかった。
店の棚から封印球を取り出して、コトリとカウンターに乗せる。
「試してみてはいかが?」
「は、はい……ありがとうございます……。」
彼女は本当に美しい。
白銀の長髪の間から覗く切れ長の瞳に見つめられると、動く事も忘れてしまう。
ヒックスも例外なく、その美貌に囚われてしまった。
ろくに言葉も発せず、文句のつけようのないその美麗な顔立ちを見つめ続けている。
「どうかしました?」
異性の熱い視線には慣れているのか、
ヒックスに見つめられながらもジーンは彼に問う。
「あ、いえ………いえ、何でもありません……。」

心ここにあらず、という様子のヒックスに笑みを浮かべながら、
ジーンはそっと彼の手をとった。
「……?」
テンガアールは彼女の行動の意味が解からず、じっと状況を見つめていた。
ヒックスの握られた手がジーンの顔の前まで移動する。
「魔法が上手くいくように……おまじない、してあげるわ。」
彼女の言う意味が解からず、テンガアールとヒックスが呆気に取られている中、
ちゅっ……とジーンの艶やかな唇がヒックスの手の甲に感触を残した。
「ジ、ジーンさん……!」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉぉぉッッ!!?」
嬉しそうに照れるヒックスに面白くないのはテンガアールだ。
敵意のこもった眼でジーンを睨みつけると、
ぽーっと頬を染めて至福の表情を浮かべるヒックスの手を
彼女から引ったくるようにして奪い取った。
「い、いきなり何するんだよっ!?」

「あら、ごめんなさい。
 でも効果はあるんですよ……あなたにもして差し上げましょうか?」
自分に向けられる怒りを受け流すかのように、ジーンは微笑み続ける。
その色っぽい笑みが意味するのは、大人の余裕といったところか。
「要らないよっ!! 行こっヒックス!!!」
「わ……!」
バタン!
治まらない怒りから生じたものか、テンガアールのすごい力に身体ごと持って行かれ、
ヒックスはジーンにお礼すら言えず紋章屋から連れ出された。
「まぁ、初々しいこと……ふふふ。」

紋章屋のすぐ側の木陰、テンガアールはヒックスを真っ直ぐ見据えて、
無言の訴えを向けている。
「な、何だい……?」
沈黙に堪えきれずボソボソと口を開いたヒックスに、
テンガアールは口許をヒクヒクと動かしながら冷静さを装おうと努めた。
「ボクが言いたい事、わかってるよね?」
「え? な、な、何だろう……?」
彼女から滲み出る『怒りの気』にたじろぎながら、
無意識のうちにヒックスの足は距離を取ろうと後ろに下がり始めていた。
「は、は、は、はは、テン、テンガアール、落ちついて……。」
「ボクが横にいるってのに、ジーンさんにキスされて
 デレデレデレデレデレデレデレデレしちゃってさ……!」
あんな絞まりのない彼の顔は見た事がなかった。
ジーンを前にした男性が皆見せる反応を、幼少の頃から一緒のヒックスが見せた事が
テンガアールにはショックだったのだ。
他の女の人に見惚れているところなんて見たくなかった…!

「あ、あれはその……き、急な出来事だったから、驚いちゃったんだよ…」
「嘘だ! そんな顔してなかった! ヒックス、すごく嬉しそうだった!!」
あれだけの美人にキスをされたなら、きっと般若の顔もにやけてしまうだろう。
それが解かっていても、テンガアールは彼を許す事が出来なかったのだ。
涌きあがる嫉妬の情念を押さえこもうとするが為、彼女の声は大きさを増していく。
「ヒックスもジーンさんが好きなんだ!
男みたいなボクよりも、ああいう色っぽい人が好きなんだっ!!」
「ち、違うよ……」
「じゃあボクにキスされてもあんな顔するのっ!?
 あんな嬉しそうに笑ってくれるのっ!?」
テンガアールは開いていたヒックスとの距離を詰めて、彼の胸に跳びこんだ。
そう変わらない背格好のため、彼の胸は決して広くは感じられない。
しかし、その胸の温かさはこの軍で
誰よりも彼と長い時を過ごした自分が一番知っているという自負があった。
「テ、テンガアール、誰かに見られたらまずいよ……!」

「ボクはいいもん!見られたっていいもん!
 キミとならいいもん!何されたっていいもんっ!!」
ヒックスの胸倉を掴む勢いで彼女が顔を近づける。
テンガアールの熱い吐息を感じ、ヒックスは鬼気迫る彼女の想いを直に感じ始めた。
少しでも気を緩めると、泣き崩れてしまいそうなテンガアールは
その激しい感情とは対象にとても小さく、細く感じられる。
「キスしてよ! 触ってよ! 抱いてよ! エッチしてよっ!! セックスしてよッ!!」
最早自分の言っている事は彼女は理解できていないのかも知れない。
冷静とは程遠い感情の波に揺られ、テンガアールは彼への想いを紡ぎ続ける。
「ボクも女だって事、解かってよ! 身体で繋がればきっとヒックスの事信じていられるから…!
 こんな不安な気持ちになることなんてないから!」
激情をぶつけてくるテンガアールとは別に、ヒックスはそれを冷静に見つめることができていた。
次第に彼女の痛々しい姿を見ていられなくなってくる。
「ボクはキミの事、本当に……んんっ!?」
これ以上自分を傷付ける彼女が見たくなくて、ヒックスはその口を自らの唇で塞いだ。
テンガアールの唇がやけに熱く感じられる。

初めて知る彼の優しい感触と新しいヒックスを知った喜びを感じ、
テンガアールはまるで眠るように目を閉じた。
ヒックスの気持ちが心に染み入り、彼女の目から堪え続けていた涙が溢れだす。
ヒックスは自分の想いを流し込むように、未経験だったキスを精一杯続けた。
目の前の愛おしい彼女の頬を綺麗な涙が伝う中、そっと唇を離してみると、
テンガアールは雫で潤む瞳をうっすらと開いた。
鼻をぐずらせながら、思うように開かない口でヒックスに語りかける。
「笑っていいよ……ボクはヤキモチ焼いちゃうほどヒックスの事が好きなんだよぉ……。」
長い赤毛に指を埋めて、ヒックスはぐっと彼女の身体を抱き寄せた。
テンガアールの涙が胸を濡らしていく。
「笑わないよ。ありがとう、テンガアール。」
「………う……うえぇ……」
自分だけが見る事のできる泣き虫な彼女を抱きながら、
ヒックスはテンガアールの涙が止まるまで、その小さな頭を優しく撫で続けた。

                  完

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