再会 著者:5_236様

「じゃあ今日はここまでにしましょう」
 アップルはそう言って本を閉じた。シーザーはやれやれ、といった感じで机に突っ伏した。
「こんなところまで来て勉強なんて、アップルさんは真面目だよなぁ」
「当たり前でしょ、私はあなたの家庭教師なんだから。さて、私は部屋に戻るけど、復習は
ちゃんとやるのよ?」
 気の抜けたシーザーの返事を背に、アップルは部屋を出て隣の自室に戻った。このビュッデ
ヒュッケ城はオンボロではあるが、とにかく広い。居候の分際で、個室まで与えてもらっているのだ。
 部屋に戻ったアップルは、戸棚から分厚い本を取り出した。グラスランドで唯一恩師のことを記して
いる書物だった。今回のグラスランド旅行も、この本を探すのが目的だった。偶然立ち寄ったこの城の
地下書庫でこの本に出会えたのはラッキーだった。翻訳しつつなのでなかなか読み進むことができない
のだが、これで恩師マッシュ・シルバーバーグの評伝を書き上げる資料が揃う。
 ガタン!と突然窓が鳴って、アップルは身をすくめた。このオンボロ城はあちこちガタが来ているから、
隙間風もしょっちゅうだった。しょうがないわね、と振り返ったアップルは身をすくませた。人がいる。
「…シーナ」
「よう、アップル」
 アップルは目を疑った。離婚したかつての夫、シーナが窓辺に立っていた。会うのは十二年ぶりだったが、
忘れられっこない。世界で一番愛して、そして憎い男。年齢を重ねたせいか、かつては軽薄そのものだった
物腰は貫禄がつき、顔も頬がこけて精悍な表情へと変わっていた。
「なんで…?」
 アップルは息を呑んで後ずさりした。
「なんでアンタがここにいるのよ!!」
「シッ、大声出すなって」
「いやよ来ないで!」
 近づいてくるシーナめがけてそばにあったものを片っ端から投げつける。
やがて、物音を聞きつけたのか、シーザーがドアをノックしてきた。
「アップルさん大丈夫?何かあったの?」
 ドアに向かって駆け出そうとしたアップルの腕をつかんで、シーナは強引に抱きすくめた。
「アップルさん?」
「な…何でもないわ。ねずみが出て驚いただけ」

 抱きしめられる体が熱い。シーナの体温を感じる。この胸に顔を埋め、体を重ね、悦びの声を
挙げていたのだ…。そう思うと、体の芯から熱くなってくる。顔を火照らせたアップルに気づいた
シーナは、片方の手で乳房をまさぐり、もう片方でスカートを捲り上げて下着の上から下腹部に手
を伸ばした。
「キャ…」
「アップルさん?」
「だ、大丈夫だから」
 シーナはアップルの感触を楽しむように体をまさぐる。アップルは声を上げそうになるのを
必死で堪える。離婚して以来こんなことはなかったし、しかもシーナもあの頃よりもさらに女
の扱いに慣れている。もう立っているのもやっとだった。
 シーナの顔が近づいてきたかと思うと、あっという間に唇を塞がれた。驚く間もなく舌が
挿入され、口腔を激しく蹂躙される。
「ンンッ、ンゥーッ、ン、ンン…」
 立っていられなくなり、その場に座り込んだ。その拍子に、近くに置いてあった本がなだれの
ように崩れて、大きな音を立てた。
「アップルさん?入るよ?」
「ンッ、ダメぇ!入らないで!」
 返事も聞かずにシーザーが飛び込んできた。幸いドアからアップルの場所はカーテンが
引かれていて死角になっている。
「アップルさんどこ?大丈夫?」
「大丈夫…ッ、よ。ン、ンン…」
 シーナはニヤリと笑って、アップルへの愛撫に激しさを加えた。上着をめくりあげ、
下着を器用にずらして直接乳首を攻め、下も同様に下着を外して豊かな草原に指を伸ばして
愛撫を重ねる。アップルはシーナに体を委ね、袖を噛んで声を抑えた。
 こんなところをシーザーに見られたら…ッ!それを思うと気が狂いそうだった。しかしその
一方で、カーテン一枚挟んだだけでこんな大胆なことをされている、という自覚に体は熱くなる
ばかりだった。すでに下腹部の蜜壷からは大量の愛液が漏れてシーナの指を濡らしている。

 シーザーの足音が近づく。アップルは怒鳴った。
「今着替えているの!本当に大丈夫だから、こっちには来ないで!」
「あ、ああ、そうなんだ、分かった」
 おそらく何かに気づいてはいるだろう。でも、実際に見られるのよりはマシだ。シーザーの
気配が部屋から消えると同時に、シーナはいっそう激しく指でアップルを攻めた。指の動きに
合わせて背中が仰け反り、やがてか細い悲鳴と共にアップルがぐったり倒れこんだ。久々の
愛撫で、こんな簡単に達してしまった。アップルは顔を赤らめ、羞恥に耐えた。
「あのガキ、アップルに惚れてるんじゃねえの?」
「馬鹿なこと言わないで!アンタの物差しでものを考えないで!」
 シーナの腕が緩んだのを見逃さず、アップルは立ち上がった。体に力が入らず倒れそうに
なるが、壁にもたれかかりながら何とか体勢を立て直した。
「俺と別れてから誰かに調教してもらったの?感度よくなってるぜ」
「この最低男!そんなことを言いに来たわけ?」
 シーナは肩をすくめた。こうして人をおちょくるような性格は今も昔も変わらない。
このしぐさが憎らしくて、でも、本気で憎めない。
「十二年ぶりの再会を嬉しいと思わないのかよ。俺、すげえ捜したんだぜ」
「何よ…。相変わらず口が上手いんだから…」
「オヤジが倒れた」
 アップルは息を呑んだ。シーナの父レパントは、トラン共和国の大統領だ。大統領の座に
ついて十七年、その長期政権は内戦でボロボロになった国を立て直し、かつて以上の繁栄を
もたらした稀代の名君と呼ばれている。アップルにとっては、一時でも義父と呼んだ人だ。
ふと見ると、先ほどまでの調子のよさはどこへ行ったのか、シーナはしおれた花のように
うなだれていた。

「今すぐどうこうってことはないが、将軍連中は慌てて後継者を捜し始めた。俺はこの通り
ロクデナシだし、オヤジが倒れるなんて想像もしてなかったからな」
「誰が後継者になるの?」
「とりあえず政務はカシムに譲るそうだ。だが、カシムもオヤジと同世代だ。それで、リュートを
跡継ぎにと…」
「リュート?あの子はまだ十二歳でしょう?」
 アップルは驚いてシーナに近づいた。リュートは、二人の間の子である。アップルが家を出る
形になったので、シーナが、というより国で引き取った。大統領の孫を国外に出すことは許され
ないとの事だった。
「大統領は王と違って世襲じゃないわ。他の官僚や将軍は何をしているの。子供に全てを押し
付けるつもりなの?」
「しょうがねえよ。リュートのヤツ、母親に似てえらく優秀でな。最近マッシュの末弟とやらを
家庭教師に迎え入れて、本格的に帝王学を学ばせている」
 稀代の名軍師マッシュには異腹の弟妹がいると聞いたことがある。一人は解放軍の初代リーダー
であるオデッサ。もう一人はハルモニアに留学していると聞いた。アップルも同時期に留学したが、
一度も会うことはなかった。自分がマッシュの甥の家庭教師となり、マッシュの弟が、自分の息子の
家庭教師になっているのか。なんと因果なことだろう。
「それで、私に何の用なの」
「戻ってきてくれないか、アップル」
 シーナに腕を引かれ、アップルはシーナの胸に倒れこんだ。
「本当なら、俺がやらなきゃいけないことだったんだ。なのにこんなロクデナシだから自分の
ガキに全てを押し付けた。サイテーだよな。分かってる。分かってるんだ。でもいくら頭が
良くても大人びていてもアイツはまだガキで、お前が必要なんだ。頼むよ」
 アップルの胸が震えた。リュート。小さなリュート。最後に会ったのは、まだ言葉を喋る前
だった。十二年一度も忘れたことはなかった。自分の大事な子供だもの。でも…。

「ナナと子供はどうしたの」
 シーナの顔が強張った。ナナは、シーナの浮気相手である。それだけならいざ知らず、
アップルがリュートを生むのとほぼ同時に男児を出産した。許せなかった。シーナが女好き
なのは分かっている。自分が取り立てて美人な訳でもないことも。だからちょっとした浮気
なら我慢しようと思った。でも子供まで…。ほとんど衝動的にアップルはトランを飛び出した。
飛び出した後、どんなに後悔したか分からない。でも、女のプライドが戻ることを許さなかった。
「ナナは死んだ。子供は俺の子として引き取った。今ハルモニアに留学中だ」
 シーナはアップルを抱きしめた。先ほどまでのとは違い、心のこもった抱擁だった。
「もう一度やり直せないか?今更ムシのいい話だとは思う。でも、俺やっぱりお前が一番好きだ。
いや、俺のことはこのさいどうでもいい。リュートの母親として、戻ってきてくれないか?」
「馬鹿…。シーナの馬鹿!ロクデナシ!女好き!」
 アップルはシーナの胸を叩いた。叩いて、そしてしがみつく。
「…でも好き。憎たらしいほど好きよ」
 アップルは自ら身を乗り出してシーナの唇を求めた。二人はもつれるように転がって、
激しく抱き合った。十二年ぶりの愛のある抱擁。アップルの秘所は、先ほどの愛撫で十分に
潤っており、シーナのモノもすでに痛いほど猛っていた。愛撫もそこそこに、シーナは
アップルの秘所にモノを挿入した。
「ああ…っ!!」
「大声出すと、またガキが飛んでくるぜ。大丈夫ですかアップルさーん、って」
「イジワル…ッ」
 アップルは顔を歪めて声を堪えた。シーナはその顔にさらに欲情し、激しく突き上げた。
突き上げるたびにアップルの乳房がふるふると揺れる。
「ひぃん!んっ、んんっ」
 初めはシーナのされるがままだったアップルも、次第に自ら腰に足を絡みつかせ、
おのれの欲望に忠実であろうとした。十二年たち、あの頃の若さはなくなったかも
しれない。だが大人の熟した肉体もまた、互いを激しく感じさせる。二人は激しく
体位を変えては、獣のように交じり合う。若い頃には味わいきれなかった快感が、
二人を襲っていた。

「も…ダメ、イキそう!」
 アップルは四つんばいになって尻を高く突き出し、喉を反らせて途切れ途切れに叫んだ。
シーナにも余裕がなくなってきた。限界が近づいている。ここまで夢中になったのはいつ
以来だろう。多くの女と体を重ねても埋められなかった心の虚しさを、アップルはいとも
簡単に埋めてくれた。リュートのためなんかじゃない。俺のために、アップルに側にいて
欲しいんだ…!
 シーナは爆発寸前のモノを抜いて、アップルの顔に欲望の塊をぶつけた。濁った白い塊は、
アップルの火照った顔に飛び散った。

「ああ、メガネにこびりついちゃった。落ちなかったらどうしよう」
 アップルはメガネを水につけては宙にかざし、汚れを気にしてため息をついた。
「いいじゃねえか、それより早く荷物まとめてこいよ」
「今はダメ。一緒には行けないわ」
「なんでだよ!」
「まだシーザーとの旅は終わっていないの。途中で放棄することはできないわ。いくら子供の
ためとはいえ…」
 目を伏せたアップルを見て、シーナは首をすくめた。
「ま、アップルらしいっちゃらしいよな。いいぜ、自分の気が済んだらトランに来い。待ってる
から。オヤジだってかわいい嫁の顔を見てから死にてえだろ」
「…ありがとう。大統領にも…、お義父さんにもよろしく伝えておいてね」
「でも、早く来ないと浮気するかもしれないぞ?」
「なんですって!!」
 アップルは肩を怒らせて腕を腰に当てると、何がおかしいのかシーナは腹を抱えて笑った。
「それそれ、十八年前からちっとも変わらないな、お前。なんか…どうしよう、すげぇ嬉しい」
 シーナが俯いて、声を詰まらせた。アップルはシーナの背中を抱きしめた。私のシーナ。
初めて好きになった人。女好きのお調子者。でも、それは孤独や寂しさの裏返しだっていうことを
知っているから…。

 数年後、レパントの後継者をめぐって激しい内乱が共和国を襲うことになる。大統領の息子の嫡子
と庶子、血族同士の争いをおさめたのはシルバーバーグの末弟と伝記は記す。だがそれはまた、別の
話である。

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